突然、マイクラにハマる
当方、以前からYouTubeでマインクラフト(Minecraft / 通称:マイクラ)の動画やライブ配信を視聴するのが好きだったのですが、今年の春先に突如、自分でもプレイしたいという欲求が抑えられなくなり、うっかり始めてしまったが最後、どっぷりと深みに嵌ってしまいました。サバイバルワールドでエンチャントやらエリトラやらネザライト装備やらと一通り楽しんだあと、ふとクリエイティブモードでも何か建築をしてみたいと思い立ったのです。

もともとYouTubeで動画視聴していた頃からマイクラで近世城郭の建築をしてみたいという願望は少なからずあって、サバイバルが一段落したこの機会に…と開始したは良いものの、案の定こちらも沼でして、縄張り全体のアウトラインを整えるだけで3ヶ月以上も費やしてしまいました。今回はそんな自作のお城の動画紹介と簡単な解説をしてみたいと思います。
現時点で2本の動画を公開済み
私は基本的に「城郭・縄張り」のマニアであって、マイクラのいわゆる「建築ガチ勢」ではないため、建造物の細部の表現については必要以上にこだわっていません。といいますか、近世城郭の最大の魅力はなによりもその折り重なる石垣や建築群のシャープなシルエットにあると考えていますので、ディテールの再現を求めるあまりゴテゴテ・モッサリした印象になってしまうのが嫌なんですよね。個人的にはこの程度でも十分に城郭らしさは出ていると思うのですがいかがでしょう?あと、城内に目立つ広大な空白地帯は御殿用・屋敷用の土地なんですが、現時点ではその一帯への建築は未定です(あくまで縄張りがメインなので)。
御殿や屋敷類の建築はいまのところ未定だと言いながら、実は外郭の一部についてはかなり作り込んでいたりします。細かいルールや決まり事が多くて面倒な御殿系の建物とは違って自由度が比較的高いエリアだったこともあり、想像力を膨らませながら気軽に建築ができたのは楽しかったですね。また、そうやって作り込んだエリアを上の動画のようにシェーダー(影mod)を入れて眺めたりするのも、より独特な味わいや雰囲気が醸されて良いのです。
学生時代に考えた縄張り図を再現
初めてのクリエイティブモードでの建築だったため、最初は石垣に使う素材や勾配角などを研究する目的でワールドを作成したのですが、意外と順調に高石垣が完成してしまったので次はその上に櫓を建ててみることに。とりあえず二十数年前の学生時代に考えた架空の城の縄張り図データを引っぱり出してきて、本丸の天守曲輪の一部分を再現してみたらこれまた良い感じに仕上がってしまい、さらに範囲を拡大して…と、そんなことを際限なく繰り返すうちに、ついには縄張り図に描かれている城域全体を完全再現するに至ってしまいました。

こちらが再現元となったオリジナルの縄張り図。学生時代にあれやこれやと頭を悩ませつつ描いた記憶はあるものの、具体的に何処をどうこだわったかについては完全に忘却の彼方。
現在の視点から見返すと、どう考えてもやりすぎな部分があるのは確かなのだけど、当時の自分の発想をなるべく尊重しつつマイクラ上での改変は最小限にとどめるようにしました。

そしてこちらが上の縄張り図を元に実際にマイクラで建築した城のマップとなります。特に当たりも付けずに本丸から周辺へ向かって拡張していったため、ところどころ窮屈になってオリジナルの図面と違ってしまった部分があるのと、実際に立体化してみた結果、どうにも守りが弱そうに感じられる箇所が確認されてしまった場合のみ多少の変更を加えています。
なお、城域の全体面積は1730×1730ブロック(108×108チャンク)ほどです。



この城の構成について

この城は大きく分けて本丸、二の丸、三の丸から構成されています。北側半分は二の丸が外部にむき出し状態のため、内部が堀によって二の丸帯曲輪と二の丸外曲輪に区切られています。また特徴的な部分としましては、本丸・二の丸・三の丸の北東角に鬼門除けの隅欠けがあり、同様の理由で本丸から見て北東の方角に稲荷曲輪が独立して設けられているという点も挙げられます。


メインの登城ルートは2つあり、南大手口(御殿口)からは三の丸御殿・二の丸御殿を経由して本丸御殿へ、また西大手口からは二の丸御殿・本丸御殿へと、折れの少ない直線的なアクセスが可能となっています。本来なら桝形等をもっと多用して経路を複雑化した方が守備力の強化になるのでしょうが、登城路をできるだけシンプルにすることが当時の私のこだわりだったようです。


北側の搦手口、東側の馬場口から二の丸御殿・本丸御殿へ至るルートも一応あるのですが…


どちらかというと、これら搦手口や馬場口からのルートには通用口・物資搬入口的な役割が与えられています。なるべく登城ルートと被らないようにしている点も工夫の一つですね。
この城は、基本的には城下と城内が同じ平面上にある「平城」です。本丸内の御殿用敷地と2つある天守曲輪内の敷地だけが例外的に高くなってはいますけど。また、縄張りの形式としましては「輪郭式」に少しだけ「渦郭式」の要素が加わった複合型だと認識しています。
城内には天守クラスの櫓が4基も聳えていて、そのうちの2基は正式の天守で「上ノ天守」「下ノ天守」としてそれぞれが独立した天守曲輪を形成しており、本丸の残りの1基は単に「本丸五階櫓」と呼ばれる大規模櫓で、最後の1基、二の丸御殿の敷地の角部分に建つ櫓は「二の丸御殿隅御櫓」と名付けられています(あくまでも「天守ではない」という建前)。
それぞれの櫓の役割としては「上ノ天守」が城下からもその威容をしっかりと確認できる、いわば「見せつける天守(お飾り天守)」で、「下ノ天守」がやや古風な外観(後期望楼型)が特徴の、「城主好みの天守(趣味性の天守)」。そして「二の丸御殿隅御櫓」は二の丸御殿からのアクセスが良く、気軽に来客を招き入れたり最上階の高欄でお月見などを催すこともできる「実用的な高層櫓(疑似天守)」といったイメージです(贅沢なお城ですよねぇ…)。


これらの高層櫓にはそれぞれモデルとなった天守があって、「上ノ天守」が「津山城天守」、「下ノ天守」が「広島/熊本城天守」、本丸五階櫓が天下普請であちこちの城に建てられた「徳川型天守」、そして「二の丸御殿隅御櫓」が「萩城天守」といった感じ。実物の写真やイラストを参考にすると外観がそっくりそのままになってしまう気がしたので、何も見ずに記憶を頼りに建築をしてみたのですが、後で本物と見比べたところ全く似ていなくてそれはそれでショックでした。個人的なお気に入りは、最後に建てた「二の丸御殿隅御櫓」かな。
ところでこのマイクラで建築した城には重大な問題点があって、なんと元の図面とは南北が逆転しているんです。これは上記した経緯の通り、最初のスタート時から計画性のないまま縄張り図の再現が始まってしまったことが最大の要因で、方角の間違いに気が付いた頃には「時すでに遅し」の状態でした。なにしろ元の図面は鬼門である北東の方角に対し幾重にも隅欠けや稲荷曲輪の配置等の対策を施しているわけですから、南北が逆転することでそれが全く意味を成さなくなるという事態に陥ってしまったんですよ。とはいえ、これはいまさらどうにもならないことではありますので、このワールドに限りましては『天才バカボン』の主題歌じゃないけれど「西から昇ったおひさまが東へ沈む」世界である、ということで一つご理解願いたく存じます(それ以外にもツッコミどころはたくさんありそうですけどね)。
今後の展開については、御殿や屋敷類の整備はやはり後回しになるかと思いますが、二の丸外曲輪の倉庫群の建築や二の丸庭園の作庭などは時間があればやってみたいと思っていますし、城の内部や建築等をもう少し詳しく紹介した動画も何本か作る予定です。なお、今回のマイクラ動画のために開設をしたYouTubeの「koiWide お城チャンネル」には、開始時期はまだ未定であるものの、いずれ私自身が実際の城郭を探訪する動画シリーズなども投稿していくつもりなので、お楽しみに(当面の間はマイクラの動画が続くかと思いますけど…)。

