ローデンシュトック / Rodenstock-Heligon 1:2.8 f=35mm A
老舗メーカーの広角レンズ
1877年創業のドイツの老舗光学メーカー、ローデンシュトック社が1950年代半ばに発売したライカLマウントの広角レンズです。ヘリゴンという名前は同社製のダブルガウスタイプのレンズに与えられる名称で、35mm判ではレチナ用・アグファ用の他、M42マウントやエキザクタマウント、デッケルマウントに50mmのヘリゴン(Heligon 50mm f1.9/f2)が供給されていますが、ライカLマウント用として知られるのはこの35mmのみです(ごく僅かながら50mmもあるとか)。同名・同スペックのロボット用レンズが存在するため、その転用なのでは?という記述も見たことはあるものの、詳しいことはよく分かりません。
お好きな方なら冒頭の写真で既に違和感をお持ちでしょうが、この個体は先端部のパーツがオリジナルではなく、リケノン(COLOR RIKENON 35mm f2.8/RICOH Hi-COLOR35用)のネームリングに交換されています。何らかの理由で欠損してしまった部品を代替したものでしょうけど、格式高いドイツの名門ブランドのレンズに庶民派を代表する国産メーカーのネームリングを装着するというセンスがなかなか秀逸で気に入っています。前の所有者さんから伺ったお話によると、このレンズはもともと某有名コレクターさんの所蔵品だったそうで、名前が知れ渡るほどのコレクターさんともなると、こんな洒脱な遊び心も持ち合わせているのだなぁ…と妙に感心させられたものです。そのおかげで入手価格も安価でしたしね。
正面から見ただけでは何のレンズか分かりません(笑)。このネームリングは側面の3本のイモネジで鏡胴に固定されており、リング自体に絞り環としての機能も与えられています。
その絞りはf2.8~f22まで不等間隔の10枚羽根、ピントリングは回転ヘリコイドで最短撮影距離は1m、フィルター径はオリジナルの状態ならA36のカブセ式になります。
マウント側はオリジナルの状態のままです。非常に凝った作りをしていますね。この個体は距離計連動型ですが、35mmのヘリゴンには距離計に連動しない仕様のものもあります。
レンズ構成は4群6枚のダブルガウスタイプ。前玉よりも後玉の方が少し径が大きいです。
ネームリングが交換されていて逆に便利に感じる点は、34mm径のネジ込み式フィルターやフードが装着可能なところ。上の写真ではコムラー(W-Komura 35mm f3.5)のフードを付けています。オリジナルの状態だとレンズの先端部にはネジが切られておらず、A36のカブセ式フィルターやフードを使う以外に選択肢がないため、少しだけ不便なんですよね。
ライカⅡfに装着してみました。ヘリゴンに限らず、Lマウントの35mmレンズはどれも小柄なのでバルナックライカともよく似合います。コムラーのフードもなかなかいい感じ。
描写テスト
1:遠景を絞り開放とf8で
絞り開放。中心部の解像度は既にかなり高く、それ以外の部分も一見甘くは見えるものの、拡大してみると意外と細やかに解像しています。周辺減光は大きめ。ただ、その光量落ちのグラデーションが驚くほど滑らかで、画面にはなんとも言えない独特の空気感が漂います。
絞りはf8。若干の周辺減光は残るものの、中心部の解像度はさらに向上し、画面全体でも均質な結像をしています。絞ってもコントラストはやや低め。色乗りは良い方でしょうか。
2:絞り開放時の後ボケの変化
絞り開放で、このレンズの最短撮影距離でもある1m先にピントを合わせました。画面上部に非点収差による玉ボケの歪みが目立ち、その影響で後ボケがややグルグルして見えます。
同じ条件でアングルを少し変えて撮影したもの。このカットだと後ボケのグルグルはあまり気になりません。案外、背景処理の工夫次第でコントロールが可能な部分なのでしょうか?
ピントを約2m先の擬宝珠(ぎぼし)に合わせました。やはり非点収差の影響があるようで後ボケが少しザワザワしています。それにしても絞り開放から合焦部分の解像感がすごい!
約3m先にピントを合わせたカット。これくらいの距離になると後ボケはほぼ安定します。
開放時の甘さと微妙に崩れ始めている後ボケが生み出す独特の雰囲気が素晴らしいですね。
ヘリゴンで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
穏やかなトーンで柔らかい写りをします
周辺減光と独特なトーンが生み出す雰囲気には妖しさすら感じるほど
逆光にはかなり強い印象
絞り開放時の描写がとにかく個性的です。近接撮影での後ボケのグルグルをどう処理するかという難しさはあるものの、中央付近に被写体を置いた時の解像度は素晴らしく、トーンも豊かで柔らかな写りをしますし、なによりも画面全体に漂う独特な空気感に魅了されます。
周辺減光を伴ったその妖しさすら感じさせる雰囲気を求めて、ついつい開放ばかりで撮影をしてしまいがちですが、少し絞ればボケ味の美しい周辺部まで整った端麗描写をしてくれる基本性能の高さも備えており、思わず「小さな魔鏡」とでも呼びたくなるような銘玉です。
ドイツの老舗メーカーが製造した数少ない35mm判レンズの一つであるこのヘリゴンにはやはり一筋縄ではいかない奥深さが潜んでいるようで、その魅力に抗うことは出来ません。
織物提供:小岩井紬工房