魅惑の上田原電車区
私の原風景
上田原電車区は、かつて上田交通(現:上田電鉄)別所線の上田原駅に存在した車両基地。
1986年10月に架線電圧が750ボルトから1500ボルトへと昇圧されたのを機にその役割を終え(基地機能は下之郷駅に移転)、現在では交換可能な1面2線の島式ホームを持つ小規模な途中駅となっています。電車区時代、ここには各地から寄せ集められた戦前製の鉄道車両や上田温泉電軌(上田交通の前身)時代からの生え抜き車両、数多くの廃車体などが所狭しと並べられており、地方私鉄・旧型電車ファンの聖地として全国的にも知られた場所でした。
この電車区(と上田原駅)は国道143号線に隣接していたため、道路を走る車の中からでも構内の様子を見ることが出来ました。当時の私はまだ小学校の低学年でしたが、母の実家へ行く際には必ずこの横の道を通るので、そのまるで時が止まったかのような不思議な光景を眺めることが一大イベントとなり、子供心に「ここは何か特別な場所に違いない」と感じたためか、通過する車の中からではありますが、いつも目を皿のようにして構内の様子を観察していたものです。私が鉄道を好きになった最大の原因であり、また原風景でもあります。
特に好きだった車両が「丸窓電車」の愛称でも親しまれたモハ5250形電車。昭和3年に上田温泉電軌が3両を自社発注で新造したもので、モハ5251~3として架線昇圧時まで現役で活躍し、今でもその3両全てが現存、別所温泉駅構内などで静態保存されています。
幼い頃の私は、家の近くを走る信越本線(現:しなの鉄道)の特急電車も格好良くは思っていたものの、骨董品のような車体に愛嬌のある楕円形の戸袋窓が付いた丸窓電車の外観にはそれ以上の強い魅力を感じていました。ただ、近所を走る信越線の電車とは違って、別所線の電車は母の実家に向かう途中に車の中から一瞬だけ見ることの出来る特別な存在であり、年少だった自分が見たいと思っても、簡単には見に行けない場所を走っている路線でした。
小学校2年生くらいの時でしたか、どうしても丸窓電車を見たくなった私は歩いて見に行くことを決心して家を出ます。道順には自信がなかったものの、千曲川の堤防をずっと歩いて行けば別所線の千曲川橋梁に着けることは分かっていたので、まずは家から千曲川の堤防に向かい、後はひたすら川沿いを目的地まで歩きました。橋梁脇の踏切付近で3~4本の電車が通過するのを見て満足し、来た時と同じ道を帰ったのですが、その距離は片道約5km、往復で10km近くもあったため家に着いたのは夕方遅く。家族に「丸窓電車を見てきた」と言っても、最初のうちは誰にも信じてもらえなかったのは懐かしい思い出です。
最初で最後の電車区訪問
それほど大好きだった丸窓電車が、架線の昇圧を機に新型車両(といっても東急の5000系ですが)と入れ替えられてしまうという話を聞いた私は、親に頼んで上田原電車区に連れて行ってもらいました。以下はその時に撮った写真です。時期的には1986年のお盆頃かと思いますが、当時小学校3年生の子供の撮影したものですので、お見苦しい点はご容赦下さい。
東側から見た電車区。手前に見えるのが本線で、右奥が上田原駅になります。いつも車の中から眺めていただけで、実際に訪れるのはその時が初めてでした。なぜかこの写真だけ目線が高いので、誰かに抱え上げてもらって撮ったのかも。駐車場に到着した直後でしょうね。
構内に入って大好きな丸窓電車をパチリ。小学生なんかがウロウロしていても、特に注意もされなかった大らかな時代でした。どこかの車両の窓から両足が出ているのが見えたので、乗務員が昼寝でもしていたのでしょう。その長閑な光景がとても羨ましく感じたものです。
手前はモハ5371、奥に見える緑の車両はデハ3310とクハ3772(東急車)です。
丸窓電車のモハ5251を正面から。その右側の線路を本線の電車が行き来していました。
クハ3772。手前は妹と夏休みで東京から遊びに来ていた従兄弟です。この車両は早朝の限定運用だったらしく、私が見掛ける時にはいつもこの引込み線でお昼寝をしていました。右の木造の建物は、この駅から青木線(大正10年~昭和13年のわずかな期間に存在した軌道線。祖父が学生時代に乗ったとか…)が分岐をしていた頃の駅施設であったようです。
大好きな丸窓電車なので何枚も撮っています。この角度からの眺めが一番馴染み深いかな。
バラックのような木造の車庫。同様のものが左側にもう一つ並んでいました。古い車両とも相まって風情がありますね。中に見えるのはモハ5261、元長野電鉄の車両だそうです。
四角四面な車体と窓枠に、アクセントとして映える楕円の戸袋窓、ほんの少しだけカーブを描く正面と、その上の大きなヘッドライのバランスが絶妙。私の一番好きな鉄道車両です。
長野電鉄からやって来た車両。同型が3両あり、1両はモハ5271、もう1両は電装解除されてクハ271として活躍しましたが、この車両だけは塗装も車両番号(モハ611)も長野電鉄時代のまま最後まで留置線の奥から動きませんでした。部品取り用だったのかな?左右に足回りを外された貨車と電車、手前には台車だけが転がっていて、すごい光景です。
この車両だけ塗装が赤いので、珍しく思ってもう一枚撮ったようです。帽子を目深に被ったような屋根が特徴的な川崎造船所製の車両ですね。側面のNERは長野電鉄時代のマーク。
モハ5371。小田急顔の車両ですが来歴は複雑です。もともとは信濃鉄道(現:大糸線)→国鉄→上田丸子電鉄とやって来た木造車でしたが、木造部の老朽化のため車体部分のみを小田急で不要になった車両から譲り受けて乗せ換えたもの。今風に言うと「魔改造」かな?
構内でも特に目立つ存在だった凸型電機のED251。上田交通のELというと最近模型化されたEB4111が有名ですが、私が生まれる前に既に廃車となっていたため個人的にはこのED251の印象しかありません。動いている姿を見たことは一度もないのですが…。宇部鉄道→富山港線→上田丸子電鉄とやって来たそうで、今は丸子文化会館前で静態保存。その右に見えるのはサハ62。運転台の無い車両のため終着駅での機回しに苦労したとか。
上田原駅西側の引込み線上のモハ5252を走行中の車の中から流し撮りで撮影。なかなかやるな、小3の私。この引込み線は道路の真横にあって、いつも何かしら車両が留置されていたため、それを見るのも楽しみの一つでした。この時は運良く丸窓電車だったようです。
結局、上田原電車区の中に入れたのはこれが最初で最後の機会となりました。架線昇圧後もしばらくは建物や車両はそのままだったと記憶していますが、「丸窓電車の走らない別所線なんて」という思いがあったのかもしれません。もしもう5年ほど早く生まれていたなら、沿線の風景も含め写真を撮りまくったであろう自分の姿が容易に想像できるので、なんとも残念な限りです。私が写真を始めた動機(こちらを参照)にも、現役時代の丸窓電車の姿を十分に撮れなかった無念さがあったように思われます。ただ、信越線の電車にはそこまでの強い思い入れが持てず、興味の対象は鉄道から写真を撮ること自体へと移っていきました。
別所温泉駅にて
さらに昔の写真があったので載せてみます。おそらく1980~81年の冬頃あたりかと。父親に「別所線に乗りたい」と頼んで下之郷駅~別所温泉駅の間を往復してもらった記憶が…。
別所温泉駅のモハ5271と私。この電車に乗って来て降りたところでしょうか。お目当ての丸窓電車ではないとはいえ、さすがに嬉しそう。リベットだらけの車体が良いですね~。
別所温泉駅の待合室。ここは現在でもあまり変わりません。ホームに見える電車は、やはり古い方が似合いますね。2扉車っぽく見えてパンタ付き…ということはモハ4257かな?
おまけ。別所線とは全く関係ありませんが、電車関連の写真がもう一枚あったので。これは新潟の親戚の家に行った時のもの。写っているのは新潟交通の軌道区間で、場所は今のJR越後線の白山駅付近。道路を走る電車を初めて見たので、とにかく興奮しました。あちこち行ったはずなのに、記憶にあるのはこの電車と裏手にあった信濃川の堤防くらいという…。
鉄道コレクションの丸窓電車
トミーテックが展開している鉄道コレクション(通称「鉄コレ」)のシリーズ第17弾で、上田交通の5250形が選ばれた時は本当に嬉しかったです。それまでの丸窓電車の模型というとキット品くらいしかなくて、完成車などは高価でとても手が出ませんでしたからね。
こんなに出来の良いモデルが1,000円程で買えるのだから驚きです。初期製品ではいかにも玩具然としていた外観も、シリーズを重ねるにつれて次第に完成度が上がり、この第17弾あたりではNゲージモデルと言われても信じてしまいそうなほどに緻密さを増しています。窓ガラスのプラスチック部品が安っぽいとか、ベンチレーターの塗りが雑だとか、多少残念な部分もありますが、値段を考えれば文句は言えません(5,000円くらいで精密なモデルが出れば最高なのだけれど…)。なお、車輪とパンタグラフは別の市販品と交換しています。
幸い上田電鉄の千曲川橋梁/Nゲージ用ペーパーモデルの完成塗装品を安価に入手することが出来ましたので、これと鉄コレのモハ5251を組み合わせて写真を撮影してみました。
鉄道模型写真については全くの素人なので、お好きな方には笑われてしまうような出来かもしれませんが、自己満足ということでお許しを。実物もこんな風に撮ってみたかったな~。
私にモデラーの才能があったなら、上田原電車区や中塩田駅、八木沢駅、別所温泉駅などをフルスクラッチで再現するのですが、いかんせん不器用なもので夢のまた夢(上田原電車区以外の駅はペーパーモデルが出ているので、それを利用すれば何とか形にはなるかも?)。子供の頃から鉄道模型は好きでしたが、基本的に車両を走らせることには全く興味がなく、ジオラマ的な鑑賞の方が好きなため、こんな単純な橋梁の走行シーンでも大興奮なのです。
トミーテックの鉄道シリーズといえば「鉄道むすめシリーズ」も外せません。上田電鉄では別所温泉駅駅長の「八木沢まい」がモデル化されています。キャラクターデザインも和風でなかなか良いのですが、その名前の由来が大好きな「八木沢駅」と「舞田駅」から来ているという理由で完全にノックアウトされました。普段はフィギュアなんて買わないんだけど。
私の年少時の写真や記憶ですので、お見苦しい点や情報不足についてはご容赦下さい。もしご興味がある場合は、この趣味世界の先輩方がたくさん記事を書かれていますので(さすが人気のあった路線なだけはあります)、そちらをご覧になればより詳しい情報や美しい写真が見られると思います。個人的にはこちらのサイトやこちらのサイトが参考になりました。
今となっては写真や映像でしか見ることの出来ない光景ですが、その魅力は尽きませんね。
最後にYoutubeにあった当時の上田交通の映像をご紹介して今回は終わりたいと思います。