コダック / Ektar Lens 80mm f/2.8
ハッセルブラッド用のレンズ
このレンズは1948年に発売のハッセルブラッド1600Fとその後継機1000F用の標準レンズとしてアメリカのコダック社から供給されたものです。1600Fが発売された当初、まだ敗戦から間もなかったドイツの光学メーカーにはレンズを安定的に生産できる余裕がなく、またハッセルブラッド社がもともとスウェーデンにおけるコダック製品の輸入総代理店であったことも関係していたのか、専用レンズにエクターレンズが選ばれることとなったようです。
1000F用のレンズは1952年頃からカール・ツァイス(オプトン)社製へと変更されてしまうため、エクターレンズがハッセルブラッド用に供給されたのはほんの数年ほどの短い期間で生産本数もさほど多くありません。現在では希少レンズとして人気や知名度が高いですね。
なかなか重厚なデザインです。手前から絞り操作用の突起、ピントリング、マウントリングが三重の歯車のように並んでおり、いかにも「工業製品」といった印象を受けます。戦前のコダックエクトラ(KODAK EKTRA)用レンズにも似ており、当時のコダック社製レンズの標準的な意匠だったのかもしれません。金属の塊のような外見ですが、材質はアルミなので重量は意外と軽いです。絞りはプリセット式で開放~f22までの等間隔、羽根は11枚、写真下部に見えるのが開閉用のレバーです。小柄なレンズの割にはダブルヘリコイドによる繰り出し量が大きく、最短撮影距離は20インチ(約50cm)まで寄ることが出来ます。
なお、ハッセルブラッド1600F/1000Fはフォーカルプレーンシャッター機ですので、後に同社の代表機ともなる500Cシリーズのようなレンズシャッターは組み込まれていません。
この個体の製造番号は「ET8xx」なので1949年の8xx本目の製品だと分かります。コダックの製造番号の頭2文字は<CAMEROSITY=1234567890>の換字表記で、「ET」は49年製ということを意味します。70年近くも前のレンズになるわけですね。
鏡胴の周囲に刻まれた<Made in U.S.A. by Eastman Kodak Co. Rochester. N.Y.>の表記がなんとも誇らしげに見えます。「エクター」はコダック社発祥の地でもあるニューヨーク州ロチェスターの工場で製造される最高品質のレンズのみに冠されたブランド名でしたから。
レンズ構成はテッサータイプと書かれているものをよく見ますが、こちらのサイトによると3群5枚のヘリアータイプが正しいようです。同サイトによればこのレンズのプロトタイプがテッサータイプ(というかエルマータイプ?)らしいので、そこから情報の混乱が生じたのかもしれません。1941年発売のコダックメダリスト(KODAK MEDALIST)に装着されたエクターレンズ(Ektar 100mm f3.5)がヘリアータイプでしたから、これをスケーリングし口径を広げる改良を加えたものとも考えられます。当時のコダック社は引き伸ばし用レンズにもヘリアータイプを採用するなど、かなり好んで多用していたレンズ構成のようですね。
このレンズは「放射能レンズ/アトムレンズ(ガラスの屈折率を上げるため微量の放射性物質を混入したレンズ)」だと言われます。たしかにガラスの色が少しアンバー寄りになっていて、撮影した写真も暖色系にはなりますが、そこまで酷い状態(レンズによっては飴色に変色している場合も)ではありません。私は特に色補正もせずそのまま撮影をしています。
ハッセルブラッド1000Fに装着した姿。専用フードのデザインが渋くてカッコイイんです。
横に置いたのはエクターに替わって標準レンズとなったテッサー(Tessar 80mm f2.8)で、基本的な外観は似ていますが、鏡胴のサイズがよりコンパクトである点、表面が光沢仕上げになっている点などが異なります。エクターレンズの造りの良さはやや過剰品質とも言えるもので、ツァイスレンズに変更された理由としてはそのコスト面での問題もあったのかも。
本来ならこのハッセルで撮った写真をご紹介するべきところなのですが、フィルムバックの調子が悪いため最近はデジカメで使用してばかり。今回はそちらを掲載したいと思います。
SONYα7のEマウントで使用するための「アダプター3段重ね」です!その構成内容は
ハッセル1000Fマウント → ペンタックス645マウント → EOSマウント → Eマウント
となっています。昔からプロミネント用のノクトン(Nokton 50mm f1.5)などを使うためにアダプターの3段重ねは普通に行っていましたので、このくらいはなんてことありません。小型で機能美に満ちたエクターの個性がスポイルされてしまっているのは残念ですけど…。
フードはシリーズ7のものを使用。レンズとの間にシリーズフィルターを挟み込める構造となっています。キヤノンやコムラーに同径のフードがあるため流用することも可能ですが、やはり純正フードのデザインを見てしまうとどうしても欲しくなってしまうんですよねぇ。
ハッセル1600F/1000Fマウントは単純なネジ込み式ですが、レンズ側にストッパーとなるピンが付いているため(写真の赤丸)、これを外さないと装着できないマウントアダプターが多いです。ただ、アダプターに合わせてレンズ側を加工するというのも本末転倒なので、私はアダプター側のピンと干渉するネジ山部分を削り取ってしまいました(写真の矢印)。これでレンズ側を加工することなく装着できます。マウント強度が低下してしまう可能性も考えられますので、決して褒められた手段ではないのでしょうが…。
エクターで撮ってみる/カメラ:SONYα7
このレンズの最大の特徴は開放時の美しいフレアです。もちろん絞った時の柔らかい描写も良いのですが、今回掲載する写真は特に注記しない限り全て「開放」で撮影したものです。
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
山科にある大石内蔵助ゆかりのお寺で別名は「大石寺」。隠れた桜の名所です
空中を舞う花吹雪に合焦させるため、ピントは桜の木よりも手前に置いています
弱いバブルボケが発生します。3群構成のレンズだから出やすいのかな?
この場所は同じ焦点距離のコムラーでも撮っていますので参考までに→絞りはf4
暖色系のくすんだ色調ですが、そのレトロさが被写体と合っているようにも思います
ノスタルジックな写りが郷愁を誘います
←合焦部分ではありませんが、紫陽花がフレアでニジニジしているのがたまりません!
上の写真と同じ状況でf8まで絞ったもの。滲みが消えて全体的に緻密な描写となります
こちらはf5.6。70年近くも前のレンズですが、絞ればしっかりと写ります
こういった懐かしくも優しい写りが大好きなのです
やはりレトロな光景にはピッタリですね
五山送り火の夜に広沢池で行われる灯籠流しです
このレンズで撮影をしていると、よく人から声を掛けられます。独特な外観が目を引くのでしょうね。中判カメラ用のレンズのためイメージサークルが広く、開放から画面周辺部での減光や画質劣化も少なく安定して写りますし、なによりその美しいフレアに魅了されます。
本来の性能は2~3段絞ったあたりで見るべきでしょうし、「古いレンズなんて写らない」と先入観をお持ちの方にはぜひそちらの描写も見て頂きたい…のですが、やはり実際に撮影していると、ついつい開放ばかりで撮ってしまいます。そんなわけで、今回はフレアが出ている写真をメインに並べてみました。このレンズで撮影した写真はあまり見掛けませんので何かの参考になれば幸いです。いずれオリジナルのハッセルでも真面目に撮らなければ…。
織物提供:小岩井紬工房
このレンズ3本持ってましたが若い番号だとコーティングが違い発色もかなり違いました。
いーまん様
そのようなコーティングの違いがあるとは初めて知りました。
私の所有する個体は発色がやや暖色寄りになるといった程度なのですが、
「かなり黄味の強いレンズ」であるという声をよく目にしたりもしますので、
もしかするとそれもコーティングの違いに起因した発色変化なのかもしれませんね。
貴重なご意見どうもありがとうございます。たいへん参考になります!