国産の小口径フードいろいろ
フード病?
クラシックカメラ・レンズ好きの人間が感染しやすいことでよく知られている病気(?)に「フード病」なるものがありまして、意味もなくカメラレンズの先端につける「フード」と呼ばれるパーツを収集してしまうという困った行動がその代表的な病状例とされています。かく言う私も「フード病」患者の一人だったりするのですが、幸いなことに症状が重篤かつ治療費も高額な「ライツ・フード病」への感染は避けられ、もっとずっとマイナーな「国産クラシック・フード病」のみの発症だったようなので、大事には至らずに済んだ…のかな?
もともと昭和30年代前半(1955~60年頃)あたりの国産レンジファインダーカメラ用のLマウントレンズが大好きだったため、そこに付着していた感染菌にでも侵されてしまったのでしょうか、学生時代から中古カメラ店の奥にあるアクセサリー/フードコーナーなどをゴゾゴソ漁るといった「フード病」患者特有の怪しい行動を繰り返しておりました。最近はさすがに症状も軽くなって、集めたフードもかなり整理をしてしまいましたが、この機会に今でも手元に残っているものをいくつか間単にまとめながらご紹介してみようと思います。
距離計カメラ用のレンズフードの特徴といえば、まず小口径(34~46mm径)のネジ込み式で、ファインダー視野を妨げないように内周の一部を切り抜いた「穴あき」になっている点
また、レンズ先端の外周部分を覆うように装着し、側面にあるネジで締め付けるように固定する「カブセ(被せ)式」が多いのも特徴です。この装着方法だと取り付け時の角度調整が容易なため、カメラの画面比に合わせた角型タイプのレンズフードなども用意されています
ニッカ用角型レンズフード
そのカブセ式の角型タイプとして特に有名なのがニッカ(nicca)用のフードでしょうか。
手前にあるnicca銘のフードはニッカカメラの標準レンズ(主にニッコール)用のもので、フィルター径が40.5mmのレンズに取り付ける内径が42mmのカブセ式の角型フード
ニッカカメラは1958年にヤシカの子会社となって吸収合併されてしまうものの、それ以降もこのフードはYASHICA銘に変更されて生産されたようです(写真中央)。また、類似品が別のブランド銘でも出されており、特に左奥のETUMI銘フードなどは45mmのカブセ式という点でなかなか貴重です。nicca銘でこれと同径のフード(NIKKOR-S.C 5cm f1.4用)は42mmのものに比べるとなぜか数が非常に少なく、探してもなかなか出てきませんからね
ところで、この2つは一見すると同じnicca銘のフードなのですが、その裏側を見てみると…
片方にはYASHICAの銘も入れられています。つまりはniccaとYASHICAのダブルネーム仕様なんですね。ニッカカメラを吸収後にヤシカが発売したヤシカYF(YASHICA YF)というカメラが同様のダブルネーム仕様(ボディ上面にYSHICA、前面にniccaと刻印されていた)でしたので、たぶんそれと同時期の製品なのでしょう。かなりの希少品かと思うのですが、こういったアクセサリー類についての情報は極めて少なく、詳しいことはよく分かりません
残念ながら現在Lマウントのニッコールレンズ(NIKKOR-H.C 5cm f2)が手元にないためSマウントのもので代用してみました。ニッコールファンの方からは怒られてしまいそうな組み合わせですが、直進ヘリコイドアダプターという便利な製品が出てきたおかげで、本来なら回転ヘリコイドのSマウントレンズでもこのような角型フードが使用可能になりました
同時期の小西六にも角型のコニフード(Konihood)がありました。手前はコニカⅡ~Ⅲ型に装着されていたヘキサノンレンズ(Hexanon 48mm f2/Hexanon 50mm f1.8)用のもので50mm f1.8用の45mmカブセ(左)と48mm f2用の37mmカブセ(右)です
また右奥はコニフレックス(KONIFLEX/Hexanon 85mm f2.8)用の42mmカブセで、左奥はパールシリーズ(Pearl/Hexar 75mm f3.5/f4.5)各型用の32mmカブセになります
これらの角型フード、見た目は非常にカッコイイのですが、実は平面で構成されている部分が多い上に、経年による塗装の劣化などもあって内面反射が多いのが悩みのタネ。ですので私は実用に使う個体には反射軽減用の加工を施すようにしています。簡単に説明してみると
①まずはフード内側の2面に剥がしやすいドラフティングテープなどを貼り付けます
③剥がしたテープを反射防止材に貼って、型紙として同じものを2枚切り抜きます
④切り抜いた反射防止材をフードの内面に貼り付ければ完成
(※なお、ここで使用している反射防止材は「ファインシャットSP」という製品です)
無加工のフードと並べて反射率を比較してみました。左の個体は経年を考えるとかなり良い状態を保っているものの、それでも反射防止加工をした個体とはこれだけの差が出ています
レオタックス用レンズフード
ニッカとはライバルの関係にあったレオタックス(Leotax)の標準レンズ用フードです。
こちらは円形タイプのものが基本で(少数ながら角型タイプもあったようです)、装着方法はネジ込み式とカブセ式との2種類。A36(36mmカブセ)、40.5mm径ネジ込み、45mmカブセとなっており、これだけで多様なレンズメーカー/スペックの製品が揃っていた標準レンズ群をほぼカバーすることが出来ました(初期のレンズには例外もあります)
フードの側面には対応するレンズのスペックが書かれていています。ここに記されていないものもありますので、レオタックス用のフードとそれに対応するレンズを列挙してみますと
・A36:
Simlar 5cm f3.5 / Topcor 5cm f3.5(沈胴・固定)/ Topcor 5cm f2.8 / Hexar 50mm f3.5
・40.5mm径ネジ込み:
Topcor 5cm f1.5 / Topcor 5cm f2 / Topcor-s 5cm f2 / Topcor-s 5cm f1.8
FUJINON 5cm f2.8 / Hexanon 50mm f1.9(後期型)/ Leonon 5cm f2 / Leonon-s 5cm f2
・45mmカブセ:FUJINON 5cm f2
・例外:Simlar 5cm f1.5(40mm径)/ Hexanon 50mm f1.9(前期型/39.5mm径)
といったところでしょうか。標準レンズだけでこれだけあるのですから本当に驚きますよね
レオタックス用標準レンズ艦隊を組んでみました。個人的な旗艦はフジノン5cm f2!
コムラー用レンズフードとシリーズフード
三協光機のコムラー(Komura-)用レンズフードもバリエーションが多くて楽しいです。
Lマウントのコムラー35mm用レンズフード。中央がf3.5(W-Komura- 35mm f3.5)前期型用の34mm径ネジ込みで、それ以外の4点はf2.8(W-Komura- 35mm f2.8)とf3.5後期型用の43mm径ネジ込みです。左奥のブロンズ色個体は最初からこの色なのか退色によるものなのか判然としません。フォントが違うので右奥とは別物なのでしょうが…
回転ヘリコイドの最初期型(左)と、ニコンSマウント(右)のf2.8のコムラーに装着したところ。f3.5は所有していないため、タナー(W-TARNAR 35mm f2.8)が代役です
コムラー用のレンズフードいろいろ。右手前が105mm f3.5用43mm径ネジ込みで左奥が80mm f1.8用48mm径ネジ込み、中央奥が105mm f2.5/同f2.8/135mm f3.5用48mm径ネジ込み、右奥が135mm f2.8用55mm径ネジ込み
この時代のコムラーのフードに共通する特徴としては、取り付け部分を分割することが可能で、その間にシリーズフィルターを挟み込むことが出来るような構造になっていることです
シリーズフィルターというのは上の写真のようなもので、フィルターガラスの周囲を金属のリングで保護しただけのような外観をしており、前後どちら側にもネジは切られていません
左は古いワルツ(Walz)製で、右は現行品(特注扱いらしいですが、中古カメラ店などでも入手は可能です)のUVフィルター。シリーズ5~8あたりまで何種類かサイズがあって、一般的なのはこの写真の「シリーズ6」と一回り大きいタイプの「シリーズ7」でしょうか
シリーズフィルターに対応したフードを前後に分割すると、レンズ側のリングが受け皿状になっているのでここにフィルターをはめ込み、その上からフード本体をねじ込むことで固定させる構造です。右側のフード本体の取り付けネジの内側にフィルターを抱え込むスペースが用意されているのがお分かりでしょうか?最近は意外とこのシリーズフィルターの仕組みや使い方についてご存じない方が多いようなので、蛇足かもしれませんが解説してみました
このようなフィルター形式が生まれた理由としては、その当時のレンズの口径があまりにも不統一極まりない状態だったことが挙げられるでしょう。34mm~46mmの間だけでも34mm/34.5mm/35.5mm/37.5mm/39mm/39.5mm/40mm/40.5mm/41mm/43mm/46mmといったありさまで、フードはともかくフィルターまでサイズごとに買い揃えるのは非効率すぎるため、口径の近いものは同じシリーズフィルターで兼用可能なように統一したのではないかと思われます。上に並べたフードも、レンズへの取り付け径はそれぞれ異なっているものの、その全てでシリーズ6のフィルターが共用できるという点は便利ですよね。また、特殊な例としては右奥にあるソリゴール(Soligor 35mm f3.5)のようにレンズの先端形状が最初からシリーズ6のフィルター使用を前提として設計されていたものまであったようです
このリコー(RICOH)製の43mm径フードにもシリーズ6のフィルターが使えますが、前面側から差し込んだフィルターを板バネの力だけで固定する方式なので、何らかの衝撃でフィルターが外れないかとヒヤヒヤします。ネジ固定でないと、こういう時に不安ですよね
シリーズ6に比べるとシリーズ7のフィルターは入手が少し難しいため、私は49mm径の薄枠フィルターを裏返しに入れることで代用としています。内部でカタカタと動いてしまう場合、フィルターの外周にテープを貼って遊びを無くせばピッタリ固定されます。もちろんこれは正しい使用法ではありませんので、参考にされる場合はご自身の責任でお願いします
ワルツ(Walz)製レンズフード
この時代の純正品以外のレンズフードで、最も見かける機会が多いのがワルツ(Walz)の製品ではないでしょうか。デザイン的には質実剛健なものが多くてそれほど魅力は感じないものの、あらゆるサイズのフードを揃えていたという点ではありがたい存在でもあります。
中判のスプリングカメラから二眼レフ、35mmのレンジファインダーカメラ用に至るまで当時存在していた規格には全て対応していたのではないかと思われるほど多種多様なフードを商品化していたようです。上に並べたものも、その中のほんのごく一部にしか過ぎません
種類が豊富な反面、その魅力には若干欠けるワルツ製フードの中にも、上のような異端児が僅かながら存在しています。といっても、見るからにローライ製のベイ1(Bay1)フードやライツ製のエルマー(Elmar)用のFISON、ズマリット(Summarit)用のXOONSのコピーではあるんですけど、なかなかに出来もよくて十分に実用となる良品なんですよね。今回はこれもまたエルマーのそっくさんであるシムラー(Simlar 5cm f3.5)に装着をしてみました
少し変わったレンズフードたち
最後に外観がちょっとだけ個性的なレンズフードを数点ほどご紹介してみようと思います。
それほど奇抜なデザインというわけではありませんが、よく見ると実に味のあるフードです
手前は興和(KOWA)製のカロワイド(KALLO-W)用のフード。珍しい楕円形をしていて画面の縦横比を考えれば理に適った形のようにも思えるものの、他に類似する製品を見ないということは、やはり加工には相当の手間が掛かるのでしょう。カロワイドは興和が出した初めての35mmカメラだったので、デザイン面でも気合いが入りすぎてしまったのかな?A36のカブセ式で、実用している小口径レンズフードの中では個人的に一番のお気に入り
右奥のフードも一見すると普通の角型タイプのようでありがら、よく見ると長辺部分が微妙に湾曲しているデザインが独特かつお洒落ですね。「FOR RICOH」とありますが、他にも外観がそっくりで「FOR Leotax」「Tanack」と書かれた個体を見たことがありますので、おそらく同じメーカーの製品だったのでは?とも思ったり。こちらは45mmのカブセ式
左奥はマミヤ(MAMIYA)製のフードです。外周部にレンズのピントリングのような凹凸が刻まれていて、まるで分解したレンズの一部品のようにも見えてしまう変わったデザインをしています。この個体には「FOR MAMIYA 35 S-2 & RUBY」とあって、外観は全く同じで「MAMIYA 35 MODEL M3」と書かれた個体もあるため、それらのカメラに装着したらさぞ一体感のあるデザインとなるように設計されたのだろうと思っていたら、カメラの方は何の特徴もない平凡な外観だったので逆に驚いた記憶があります。こちらは48mmのカブセ式
左はオリンパスワイド(OLYMPUS WIDE)用のフード。32mmのカブセ式で、装着時に絞り値を隠さないよう取り付け部分の2箇所が切り欠いてあります(回転ヘリコイドなので絞り値はレンズの2箇所に表記されているため)。実は32mmのカブセ式で、しかもネジによる締め付け固定&ワイドレンズにも対応するフードというのはこれ以外にほとんど存在せず、これ一つを持っているだけでいろいろな場面に役立つ便利なフードだったりもします
右はフジカ35SE/EE(FUJICA 35-SE/-EE)用のフード。レンズ鏡胴の内側にフード基部の樹脂部分をはめ込んで固定するという変わった方法で装着します。もちろん対応するカメラボディ専用の独自規格なのだけど、今までの経験ではフードの見つからない特殊口径のレンズなどに試してみたら、不思議とすんなり装着できてしまったことが何回かあったのでとても重宝しています。おそらく樹脂部分の柔軟性のおかげではないかと思うのですが、本来の用途以外でも活躍をしてくれる、これまた便利かつ応用性の高いフードなんですね
おまけ
ここまで国産のレンズフードをご紹介してきましたが、やはりその当時におけるドイツ製品は別格の存在であった、ということを示すためにもここで王者の風格漂うフォクトレンダー(Voigtländer)製のフードたちにいくつかご登場頂きます。その圧倒的なまでの存在感!
奥列に並ぶのはフォクトレンダーの最高機種であるプロミネント(PROMINENT)用フード2種(左が前期型の49mmカブセ、右が後期型の外ネジ49mm径ネジ込み)。個人的に造形面に限ればレンズフード史上の最高傑作ではないかと思っているほど(機能面で見ると内面反射が…多いです)。肉薄な金属で複雑な曲面を構成しており、軽量なのに剛性は非常に高く、メッキの質も最上級。難を言うなら、あまりにも立派すぎて実用に持ち出す勇気が全くもって起きません(泣)。右手前はデッケルマウントのスコパレックス(SKOPAREX 35mm f3.4)用フードで、42mmのカブセ式。プロミネント用の過剰品質を反省したのか多少のコストダウンは認められるものの、複雑な曲面構成と堅牢さは相変わらず。左手前はベッサマチック(BESSAMATIC)用40.5mm径ネジ込み式フードで、単純なラッパ形状にしておけば良いものを、周囲の4箇所に平面加工した上で刻印を施すというこだわり様。しかも同様の処理をこれより小口径のフードにまで行っているのだからもう理解不能です…
さらに言えば、フード用の革ケースのデザインや作り込み、加工精度も尋常ではありません
…とまあ、さすがにドイツ製品は別格にしても、この時代のレンズフードはデザインや作りが凝っているものが多く、見ているだけでも楽しいんですよね。経年による塗装の劣化などで本来の遮光性能を発揮できていない個体もありますが、そんな時は簡単な反射防止加工をするだけでも十分に実用可能なレベルになりますし、なによりクラシックレンズとの相性が抜群です(同時代の製品なのだからあたりまえかもしれませんけど)。「フード病」患者になるのはどうかとは思いますが、もし古いカメラやレンズなどにご興味をお持ちでしたら、こういったアクセサリー類にも目を向けると新しい発見があって面白いかもしれませんよ?
織物提供:小岩井紬工房