富士写真フイルム / FUJINON L 1:2.8 f=5cm
レオタックス用のフジノン兄弟
このレンズは1957年~58年にかけてレオタックス(Leotax)の標準レンズとして供給された2種類のフジノンレンズのうちの1本で、主に高価格帯用にセット販売された兄貴分のf2のフジノン(FUJINON 5cm f2)に対し、開放値が一段暗い弟分のf2.8は普及価格帯用のセット販売モデルに位置付けられていたようです。ただし、同時期のレオタックスには更に低価格帯用のf3.5モデル(Topcor 5cm f3.5 / Hexar 50mm 3.5)も存在したため、それらとの差別化の意図もあってか、鏡胴デザインや光学設計は開放値の割にかなり贅沢な仕様となっていました(これは同じ位置付けだったTopcor 5cm f2.8にも言えるかと思います)。
回転ヘリコイドによる繰り出しで最短撮影距離は1m、絞りはf2.8~f22まで等間隔の10枚羽根、フィルター径は40.5mm、ライカLマウント。絞り環がピントリングといっしょに回ってしまう構造のため、絞り値の指標が鏡胴の反対側にも設けられています。
無駄のないスマートでモダンな鏡胴デザインです。直進ヘリコイドでない点が少し残念ではあるものの、外観的にも作りの良さの面でも高価格帯用モデルに劣らない品格があります。
f2のフジノン(左)を隣に並べてみました。外観の基本デザインはほぼ同一ですが、その大きさは一回りほど違っており、操作性の面でも直進ヘリコイド(f2)と回転ヘリコイド(f2.8)といったようにそれぞれの価格帯設定に見合った構造となっていたようです。
フジノンのLマウント標準レンズには1954年に単体で発売された大口径f1.2(FUJINON 5cm f1.2)や、その前身のクリスター(Cristar 5cm f2)というモデルも存在していますが、ほぼ同時期にレオタックス用として設計されたこのf2とf2.8のモデルは、その極めて近しい関係性から見ても「兄弟レンズ」と呼ぶに相応しい間柄なのではないかと思います。
f2の製造番号は「No.4000xx~4051xx」、f2.8の製造番号は「No.5500xx~5560xx」あたりの間で見られるため、生産本数は前者が約5,000本強、後者が約6,000本強といったところでしょうか。異なる価格帯向けに作られた割には生産本数にそれほどの差はなかったようですね。なお、f2には途中からピントレバーが追加された小改良モデル(後期型)が登場していますが、f2.8には少なくとも外観面での目立った変更はなかったようです。
レンズ構成はこの当時のレンズとしては珍しい4群5枚のクセノタータイプ。大口径化にはあまり向かないものの、解像力が高く画面の平坦性に優れるといった特徴があるため、後に一眼レフカメラの標準マクロレンズなどに多用されることとなるのですが、それ以前の国産Lマウントレンズでの採用例はこのフジノンとヤシコール(YASHIKOR 5cm f2.8/ただしテッサータイプも存在するとか)、そしてマイクロニッコール(Micro-NIKKOR 5cm f3.5)くらいしかないと聞きます。中口径の標準レンズといえば基本的には低~普及機向けでしたから、より簡素でコストの掛からないレンズ構成でも十分だと考えられていたのでしょう。
ちなみにこちらは兄貴分のf2のフジノンのレンズ構成です。後群の貼り合わせを分離した変形ガウスタイプなのですが、私にはどことなく上に示したクセノタータイプからの影響があるようにも見えてしまうんですよね。同時期の製品なだけに共通の設計思想で作られたのでは?なんて。まあ、これは専門知識もない人間の勝手な素人意見ですのでお聞き流しを…
レオタックス銘のフードを装着。このレンズ用のフジノン銘フードは一度も見たことがないので、これが純正の組み合わせになるでしょうか。レオタックス銘のネジ込み式フードには「穴あき」と「穴なし」の2種類があるのだけど(詳しくは前回の「フード特集」をご参照下さい)、小柄なf2.8のレンズには「穴なし」タイプの方が似合っている気がします。
ライカⅡfに装着。大柄なf2のフジノンの場合はM型ライカとのバランスが良く、小柄なf2.8の場合はやはりバルナック型ライカと組み合わせた方が収まりがいいと思います。
描写テスト
1:遠景を絞り開放とf8で
絞り開放。スッキリとした抜けの良い描写で、解像力も十分にあります。周辺部には若干の減光や甘さが見られるものの、画面左隅に写っている建物の部分を拡大してみると屋根瓦の一枚一枚まで解像していて驚かされます。さすがは平坦性の高いクセノタータイプですね。
絞りはf8。周辺減光はなくなり、隅々まで均質かつ細やかな解像を見せる非の打ちどころのない写りとなります。コントラストは中庸で、色味は兄貴分のf2と同様にやや寒色系に寄りますが、抜けの良いこちらのf2.8の方がよりクールな描写をする印象があります。
2:中景を絞り開放とf5.6で
絞り開放。周辺減光の影響でしょうか、独特な雰囲気を感じさせるトーン再現です。後ボケが少しザワザワしてあまり美しくないのは、画面の平坦性を重視した設計の代償なのかな?
絞りはf5.6。開放時の独特な雰囲気は消えて端正な写りとなります。後ボケのザワザワも気にならないレベルに(※合焦部分の拡大画像は風で被写体ブレが出てしまいました)。
3:近景を絞り開放とf5.6で
絞り開放。ここでも独特なトーンが出ています。近接撮影時の後ボケは形が残るやや硬めのもので、前ボケは逆にクセもなくて自然。合焦部分のリアルな質感描写が素晴らしいです。
絞りはf5.6。非常にバランスの良い写りとなりました。やや立体感に欠けるような気もしますが、その被写体を誇張なくシャープに捉える描写力にはつくづく感心させられます。クセノタータイプがその後にマクロレンズに多用された理由も分かるような気がしますね。
フジノンで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
タナー(Tanar 5cm f1.5)の開放描写との違いが興味深いです
画面の隅で合焦させてもしっかり結像してくれるのがありがたいです
繊細でふんわり柔らかな描写をする反面、神経質で扱いの難しい兄貴分のf2に比べ、この弟分のf2.8は開放からくっきりと明快でキレの良い写りをし、なおかつ画面の隅々まで細やかに解像する非常に優秀なレンズです。後ボケに少しクセがあるものの当時のレンズにありがちなモヤモヤ感とは無縁で、発色が寒色寄りなこともあってかクールで現代的な描写という印象も受けます。ただ、開放付近で見られる独特のヌメッとした粘りのあるトーンはなかなかに個性的で、これを生かせば面白い写真が撮れるかもしれません。レオタックス用フジノン兄弟の次男坊は、出来が良く、しかもちょっとした隠し味を持つ実力派なのです。
織物提供:小岩井紬工房