謎多き多様な記号のレンズたち①
「Y」と「K」以外のミランダ用ソリゴール
初期ミランダ用ソリゴールレンズ特集の最後は、「Y」と「K」以外のアルファベット記号が付けられたレンズについて取り上げてみたいと思います。今回はソリゴールだけでなく、同時期のさまざまなブランドのレンズに共通して見られる記号についても触れることになりますが、それらは出自も由来もさっぱり分からない謎だらけのレンズたちばかりですので、かなり憶測の交じった考察が多くなってしまいますことをあらかじめお断りしておきます。
※今回は前編で、まだ未紹介の初期ミランダ用の標準レンズ/交換レンズを取り上げます。
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純正扱い(?)のミランダ用レンズ
まず最初はミランダマウント(m44)の標準レンズと、レンズ銘に「ミランダ」が入っていることからおそらく純正扱いであったと思われるソリゴールレンズを見ていきましょう。
標準レンズ
ミランダS/ST用として登場した、プリセット絞り式・スクリューマウント(m44)の廉価版の標準レンズです。「ピントリングゼブラ」「ピントリング黒」「シルバー」という外観の異なる3タイプが存在し、それぞれの製造番号の頭に付けられたアルファベット記号も違う(T/TA/MT)ため、別々の光学メーカーが供給したのでは?とも言われます。
①ミランダ 5cm f2.8/ゼブラタイプ(Tナンバー)
最も見かける機会の多いモデル。ピントリングがゼブラ柄で製造番号の頭に「T」の記号があるのが特徴です。ミランダS用として登場した廉価版標準レンズで、以後もミランダDやDRの頃まで低価格セット用に供給が続けられたようです。ミランダスクリュー(m44)マウント、プリセット絞り式で絞りの開閉は鏡胴側面のノブで行います。たいへん小振りなレンズですが最短撮影距離は40cmと意外に寄れます。フィルター径は40.5mm。
私がこれまでに確認した製造番号はT137252~T153558の間に分布し、前期と後期の番号帯では「Miranda」の単独表記、中期の番号帯では「Soligor Miranda」の表記が多く見られます。また最後期にはネームリングに「LENS MADE IN JAPAN」の表記が追加された個体もあるなど、バリエーションが豊富なのは販売期間が長かったからでしょうか?
レンズ構成は3群5枚のヘリアータイプで、一眼レフカメラ用の標準レンズとしてはかなり珍しい設計だと思います。そこそこ玉数の多い中口径標準レンズということで中古市場での人気はさっぱりですが、ヘリアータイプの味を楽しめる上に寄ることも可能な楽しいレンズなので個人的にお勧めしたいモデルですね(マウントアダプターの問題はありますが…)。
藤田光学製との情報を見かけるものの、個人的には懐疑的です。まず「Y」でなく「T」である点、製造番号が藤田光学の番号帯から外れている点、そしてコーティングが藤田光学製のレンズには見られない色合いである点の3点がその理由となります。外観的にゼブラ柄の鏡胴がフジタレンズとよく似ているとも言われますが、実は藤田光学が供給したと思われる「Y/T.Y」ナンバーソリゴールの中にゼブラ柄のモデルは1つも存在しないんですよ。
②ミランダ 5cm f2.8/黒タイプ(TAナンバー)
ピントリングが黒一色で製造番号の頭に「TA」の記号があるモデルです。3種類の中では最も数が少ないらしく、見かける機会は非常に稀。鏡胴の作りは他のタイプと共通する点が多く、最短撮影距離もフィルター径も同じ。ただし、ピントリングの回転角がゼブラタイプよりも大きく無限遠~40cmまでほぼ一回転します(∞と0.4がすぐ隣に並んでいる)。
これまで確認した製造番号はTA237298~TA237542の間に分布しています。このモデルは「Miranda」単独表記の個体しか見たことがなく、「Soligor Miranda」表記の個体が存在するかどうかは不明。手書き風の線が細い書体なのもこのモデルの特徴ですね。
レンズ構成は不明なものの、反射面を観察すると前群が2群2枚、後群が1群2枚のように見えるのでおそらくテッサータイプかと思われます。廉価版レンズとしては定番のテッサータイプがごく少量しか生産されず、よりコストの掛かるヘリアータイプの方が量産されたというのは興味深いですよね。1950年代後半あたりの製品にはこういった事例がけっこうあって、レンズ好きにはたまらないものがあります(市場の要求する水準が高かった?)。
③ソリゴール ミランダ 5cm f2.8/シルバータイプ(MTナンバー)
鏡胴全体がシルバーで、製造番号の頭に「MT」の記号があるモデルです。こちらもかなり生産本数は少ないようで、見かける機会はピントリングが黒いタイプよりも若干多い程度。鏡胴の作りは他のタイプと共通する点が多く、最短撮影距離は45cmまでしか表記がないものの、それより先まで進んでほぼ一回転するため同等の40cmくらいかと思われます。
これまでに確認した製造番号はMT34194~MT34947の間に分布が見られます。このモデルでは「Soligor Miranda」表記が基本のようで、「Miranda」単独表記は未確認。
レンズ構成は不明ですが、反射面を観察してみたところ前群が2群3枚、後群が2群2枚のように見えるため、おそらくクセノタータイプではないかと思われます。いままでじっくり観察したことがなかったため、この5枚玉という結果にはかなり驚かされました。廉価版の中口径レンズとはいえ、3本のうち2本に5枚玉が採用されているということは、ミランダカメラがレンズの描写性能に相当のこだわりを持っていたことの表れなのかもしれません。そうなると、製造元も安さが売りなだけの2流メーカーに適当に発注したとは考えられず、それなりに名の通ったメーカーに依頼をしていた可能性が高いのでは?と思えてきました。
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鏡胴の作りは細かな違いこそあれど基本的には同じもののように見えます。PADタイプのレンズと同様にミランダカメラが鏡胴部分を製造あるいは手配し、そこに光学系部分を組み込む形で生産が行われたのではないでしょうか。コーティングの色や銘板の表記方法、また製造番号の数字などからは共通性が感じられず、光学系部分は「T」、「TA」、「MT」それぞれに異なるメーカーから供給されたと私は考えていますが、確証は全くありません。
「TA」ナンバーと「MT」ナンバーはその生産本数の少なさから5cmf2.8モデルの登場初期に個別の販売ルートか用途向けに準備されていたものが、間もなく「T」ナンバーのゼブラタイプに統一されることとなったのではないかと思われます。なお、ミランダCの取扱説明書にシルバータイプらしき個体が紹介されていますが、ピントリングの距離表記や回転角はゼブラタイプにより近く、また製造番号の頭にはアルファベット記号が見られないなど、おそらくプロトタイプ段階の個体の写真であったらしくてなかなか興味深いですね。
④ソリゴール 55mm f1.8(m44)
ミランダスクリュー(m44)マウントの標準レンズ、ソリゴール55mmf1.8です。
ミランダDR1.9の取扱説明書の製品一覧写真の中に姿が見えることから、純正品として販売されたモデルらしく、絞りはプリセット式、最短撮影距離は60cm、フィルター径は52mm。ミランダの標準レンズとしてはどの系統にも属さない異端的な存在であり、そのオーソドックスな仕様から見ても開放値がf2.8では満足できない人向けの明るい廉価版標準レンズという位置付けでセット販売されたモデルではなかったかと思われます。ただ、中古市場で見かける機会はかなり少ないため、生産本数はそれほど多くなかったようです。
コーティングの色は非常に淡いアンバーで、反射面を観察すると前群・後群ともに2群3枚に見えるのでレンズ構成はダブルガウスタイプでしょうか。製造番号は551または552から始まる6桁ナンバーで、銘板の製造番号から外れた場所に単独で「K」の記号のある、私が勝手に「外Kタイプ」と呼称しているグループに分類されます(詳しくは次回にて)。
交換レンズ
⑤ミランダ 3.5cm f2.8(m44)
ミランダDの取扱説明書で紹介されているミランダ 3.5cmf2.8です(所有していないモデルのためWeb上にあった画像を引用させていただきました)。発売時期がはっきりとしないので、もしかすると「Y」ナンバーから「K」ナンバーへの移行期に橋渡し的な役割として登場したモデルなのでは?などと妄想が膨らんだものの、後のミランダF(前期)の取扱説明書の製品一覧写真の中にもまだこのレンズの姿が確認できることから、単にPADタイプと併売された廉価版モデルというのが実際のところではないでしょうか。製造番号の頭にアルファベット記号がなく、どこのメーカーが供給したのかといった情報は不明です。
⑥ソリゴール ミランダ 35mm f2.8(m44)
とにかく謎だらけのレンズです。m44のスクリューマウントで「ソリゴールミランダ」を名乗るからには純正扱いのレンズであった可能性が高いのに、私がこれまで確認した当時のミランダカメラの製品一覧写真には一度も姿を見せていません。外観面でも混乱させられる点が多く、一見するとボタン式のプリセット絞りやゼブラ柄のピントリングが藤田光学製のレンズとそっくりなため、このモデルも「Y」ナンバーから継続して藤田光学が製造を担当したと思っていたのですが、細部をよく観察してみると違和感ばかりが増していくのです。
①そもそも藤田光学には35mmf2.8というスペックのレンズが存在しない
②フジタレンズとはコーティングの色が違う(ごく淡いアンバー)
③高精度な作りのフジタレンズに比べると鏡胴の作りが粗雑でB級品質
以上の3点が特に気になる部分で、①と②に関してはフジタ35mmf2.5という既存のモデルをスペックダウンさせた結果と考えられなくはないものの(それにしては写りが全く違うので個人的にこの可能性はないと思っています)、③がどうにも不可解なんですよね。あまり知られていないことかもしれませんが藤田光学製のレンズは工作精度が非常に高く、細かな部分の切削加工やメッキなどの表面処理もたいへん上質で、当時の一流メーカーにも全く見劣りしませんし、現在でも鏡胴にガタの出た個体というのはほとんど見かけません。一方でこのソリゴールミランダは外観のデザインこそフジタレンズによく似ているものの、絞り環の周辺にはガタが出ていますし、各部の仕上げや操作感なども大味に感じられます。
たいへんよく似たデザインの鏡胴で、パッと見は瓜二つなレンズに見えるかと思いますが…
よく見ると作りの細やかさにかなりの違いがあることが分かります。ソリゴールミランダはローレットの刻みが粗く、メッキの質もあまりよくない印象。それに対してフジタは各部の仕上げが非常に丁寧で細かく、メッキや塗装にもしっとりと落ち着いた上品さを感じます。
製造番号は4桁の数字の後に「K」の記号が付く独特な形式で、私はこれを「後Kタイプ」と呼んでいます(詳しくは次々回で)。この個体は「ソリゴールミランダ」銘ですが、他に「CARSEN」や「KENGOR」などのブランドでも販売されていたようで、いずれも「1xxxK」という1000番台の数字の後に「K」の記号が付けられた製造番号です。
⑦ミランダ 135mm f3.5(m44)
ミランダSの取扱説明書でのみ姿が確認できるモデルで、販売された期間はかなり短かったかと思われます。興味深いのは製造番号が「K43」から始まる6桁ナンバーであること。前回の「K」ナンバーソリゴール特集で取り上げた13.5cm f3.5モデルの製造番号が「K42」から始まる6桁ナンバーでしたから、かなり近しい存在であることは確かであり興和製である可能性も十分に考えられます。ただ、鏡胴の外観などからは次回に取り上げる「外Kナンバー」により近い印象を受けるため、「K」の記号が製造番号から離れた場所に移される前の初期型「外Kナンバー」モデルではないかという気もするんですよね(PADタイプの興和製「K」ナンバーソリゴールが登場したことで記号の位置が変更された?)。
そう思うのには理由があって、協栄光学のエイコール(Acall 135mm f3.5)にこのレンズとよく似たデザインのモデルが存在するからなんです。上の写真の個体がそれですが、ピントリングの形状や被写界深度の指標などに多少の差異はあるものの、全体的には共通点の方が多いようにも感じます。実は協栄光学は私が「外Kナンバー」モデルの製造元の最有力候補だと目しているメーカーで、そのため上記のような可能性についても考えてみたわけです。
⑧ミランダ 135mm f3.5(m44)
⑤の35mmf2.8と共にミランダDの取扱説明書で紹介されているモデルです。前々回の「Y」ナンバーソリゴール特集でも簡単に触れていますが、このレンズもまた藤田光学製のフジタ135mmf3.5との外観的な共通点が多くてその関係性が疑われるんですよね。
違和感を感じる点としてはプリセット絞りの形式が異なっていること、コーティングの色が淡いアンバーであること、それから製造番号がアルファベット記号なしの135から始まる6桁ナンバーで藤田光学の系列からは外れていることくらいで、それ以外はむしろ共通点の方が多いような気もします。あと、銘板の「F.C.」の記号が何を意味するのかが気になりますね(同時代のレンズによく見かける記号で、コーティングの種類か何かなのかな?)。
ミランダDR1.9の取扱説明書の製品一覧写真にもその姿が見え、また新しいロゴ(全て大文字の「MIRANDA」)のキャップが付属することから、それなりの期間にわたって販売されたモデルなはずなのだけど、なぜか現在の中古市場にはめったに出てこない稀少な存在となっているのが不思議です(これは⑤の35mmレンズにも同じことが言えます)。
⑨ミランダ 135mm f3.5(m44)
これもまた謎だらけのモデルです。「ソリゴールミランダ」銘でm44スクリューマウントなので純正扱いだとは思うのですが、取扱説明書の製品一覧写真では姿を確認できません。製造番号も「‐U‐」の記号の後ろに6から始まる4桁の数字が続くという見慣れないもので、これ以外だとベローズ用の135mmレンズで同様の番号形式の個体を見たことがあるくらいでしょうか。絞り環の形状が独特なため製造メーカーを探る上での手掛かりになるかと思って調べてみたものの、残念ながら似たような外観のレンズは発見できませんでした。
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…とまあ、初期ミランダ用に限って見ただけでもメインレンズ群以外にこれだけ多種多様なレンズが出てくるんです。しかもこれが全てというわけではなく、Web上を巡っているとまだまだ正体不明なモデルが何本も出てきますからね…(写真が不鮮明だったり、レンズ銘どころかスペックすら分からない個体なので今回は割愛しました)。つくづくソリゴール沼というものがどれほど恐ろしい世界なのかを身をもって体感した次第です。なお、これより少し時代が下ってミランダFの頃になるとまた別のアルファベット記号が付けられたモデルが登場したりもするのですが、残念ながら1960年代中盤以降の製品には個人的にあまり関心がないため、これ以上の探索をする予定はありませんのであしからずご了承ください。
次回の中編では、今回取り上げたレンズたちと記号的に関係のありそうなモデル、それから初期ミランダ用と同世代と思われる別の記号のソリゴールについて見ていこうと思います。
→序説
→「Y」ナンバーソリゴール編
→「K」ナンバーソリゴール編
→それ以外のさまざまな記号編/中編
→それ以外のさまざまな記号編/後編
メルカリに製造番号が「‐U‐」記号のSoligor 135mm F2.8が出品されていますね。
https://jp.mercari.com/item/m50299409863
バニラ様
コメントを頂きありがとうございます。
このタイプの「‐U‐」記号のモデルは初めて見ました。
製造番号は本文内でも取り上げた個体と同じ6000番台のようですが、
外観もスペックも対応マウントも異なっている点がなんとも不思議です。
鏡胴デザインの特徴から協栄光学製である可能性が高そうに
思えたりはするものの、はっきりとしたことは言えませんね。
まだまだ未知のモデルが存在することに驚くとともに、
自らの探求の至らなさを痛感させられている次第です。