洛北に点在するお滝
東山の補足として
前回の東山のお滝巡り③の最後で補足的にご紹介して済ませようと思っていた内容ですが、せっかくの機会なので、説明を少し加えて洛北編として別個まとめてみることにしました。
東山のお滝(全体図)
今回ご紹介する範囲です。山がちなので、知られざるお滝がもっとたくさんあるかも?
大日大聖不動尊
叡山電鉄鞍馬線の二ノ瀬駅で降りて北へ向かって川沿いの道を進むと、このような立札が
立札の先には山側へ入る小道があり、これが大日大聖不動尊の参道になります
上を横切っているのは叡山電鉄の線路で、トンネルのような穴は小川を跨ぐ橋
線路を越えると山門があり、小道が奥へと続きます
谷に入ると奥の方にお滝が見えてきました
岩場があり、手前にお不動さんが祀られています
お不動さん
現状は自然の滝のようになっていますが、おそらく周囲の状況から見て
かつてここがお滝の行場として使われていた可能性は高いと思われます
お神酒があげられていたのでしょうか
二ノ瀬駅に戻ります。高台にある駅なので、ホームまで上らなければなりません
二ノ瀬駅ホームからの眺め。以前から、車窓の風景が素晴らしいこの駅で
一度下車してみたかったのですが、今回ようやくその機会に恵まれました
大雲寺
門跡寺院として知られる岩倉実相院。大雲寺はこの門前を右側に入ったところにあります
標識を見ると「不動の滝」と表示されています。大雲寺は右なのに、お滝は逆の左ですね
実は大雲寺は30年ほど前に境内を移転しており、お滝があるのは旧境内地にあたる場所
現在は北山病院の敷地となっている一角にお滝が残されています
不動の滝。説明板によると左に妙見菩薩、右に不動明王が祀られているようですね
大雲寺は平安時代からの古刹で、往時は数十もの僧院が並ぶ大寺院だったそうです
源氏物語に出てくる「なにがし寺」の候補地ともされ、光源氏が若紫(紫の上)を
柴垣越しに見掛けたのは、この不動の滝近くであったとも考えられているようです
旧境内地にはお滝の他にもこの閼伽井堂などが残されています
どの説明板にもあまり詳しくは触れられていませんが、この大雲寺の「観音水」は心の病に霊験があるとされ、全国から精神の病を患った人々やその家族が参籠に訪れたと言われます
江戸時代になるとお寺の周辺には参籠者が滞在する「籠屋(こもりや)」が建ち並んだとか
現在の大雲寺
明治時代になり政府が公立の癲狂院(精神病院)を設けて茶屋(籠屋)の営業を
禁止したことから寺勢を次第に失い、本堂を焼失するなどの災難にも遭った結果
昭和60年にもともと子院があった今の境内地へ移転することになったそうです
崇道神社
叡山電鉄本線の三宅八幡駅で降りて高野川を渡り、東へ歩くと崇道神社があります
長岡京への遷都問題に巻き込まれ非業の死を遂げた早良親王(追号は崇道天皇)を
祭神として祀っている神社で、立地的には都の表鬼門に位置することにもなります
入口の鳥居から本殿まで、参道が一直線に続いています
一番奥にある拝殿と本殿
拝殿前から振り返ったところ。右に見えるのは伊多太大神を祀った伊多太神社
ところで、この崇道神社は早良親王が祭神に祀られた経緯もあってか、その筋の人たちから「出るの、出ないの」と言われて有名になっているそうです。ただ、私個人が受けた印象は「よく整った格式高い立派な神社」というもので、それ以外のものは特に感じませんでした
まあ、私が霊感やら第六感というものを全く信じない人間だからではあるのですが、しかし聖域や神域では五感の感度を最大限に上げるようにはしているため、それなりに「感じる」場所というのはあります。この神社の場合、そんな私なりの「ただならぬ何か」を感知するセンサーに反応するようなものはなかったんですね。必要以上の先入観や思い込みを持って頭でっかちに物事を見るよりも、このような場所では五感で感じることも大切だと思います
本殿や伊多太神社のある場所から一段下がったところにお滝があります
水量は少ないものの、今でも水は涸れていません
立札に「行者之瀧」とありますが、滝行をする場所というよりは
参拝に来た人が禊を行うために設けられていたようにも見えます
お滝の左手には山道があり、ここを上ると「小野毛人墓」があります
小野毛人は遣隋使で知られる小野妹子の子で飛鳥時代の人物。小野氏といえば滋賀県大津市付近を本拠としていた一族ですが、この京都市の北部地域にも勢力が及んでいたようですね
八瀬のお滝
叡山電鉄本線の八瀬比叡山口駅の南側、高野川を挟んだ対岸の山の斜面にお滝があります
八瀬の周辺をじっくり歩いたことがないな~、とGoogleのストリートビューでウロウロしていたところ、偶然上のような滝が目に入りました(中央奥)。一見すると普通の滝なのですが、どうにも「お滝」の気配を感じて仕方がないので、現地まで確認しに行ってみることに
実物を近くで見るとこんな感じです。お滝だった場所を後から埋め塞いでしまったようにも思えるのですが、いま一つ決め手には欠けます。ところがその周辺をよく観察してみると…
左側にある山の斜面の一部がこのような形に窪んでいるのを発見。これは…お滝の跡?
さらに、その中間にこんなブロックで囲まれた場所があることにも気付きました
少し角度を変えて見たところ、隙間から何かが覗いています
お不動さん!やはりここはお滝のようです
ちょっと分かり難いですが、写真右下に最初の滝、左の斜面にお滝跡(?)の窪み、そして中央にブロックで囲まれたお滝が3つ並んでいることになります。最初の滝を見ただけでは自信がありませんでしたが、この並びから考えて新旧のお滝と判断して間違いなさそうです
それにしても、なぜこの場所にはお滝がいくつも並んでいるのでしょうか。手前に空き地が広がっているということは、ここに以前お寺か何かが建っていて、その修行場だったとか?
お滝と関係あるのかどうかは不明なものの、近くに三相地蔵尊が祀られていました
七面大天女
松ヶ崎の山沿い、五山送り火の「妙」と「法」の中間あたりに七面宮という神社があります
「妙法」や「七面宮」という名前からも窺えるように、この松ヶ崎一帯は
全村改宗が行われて村人全員が日蓮宗の信徒となった土地なのだそうです
この七面宮も、もともとは妙泉寺という日蓮宗のお寺の境内の一部だった
とのこと。現在その妙泉寺は本涌寺と合併して「涌泉寺」となっています
フェンスの左側は松ヶ崎小学校。かつての妙泉寺跡地であり七面宮はその奥の院だったとか
参道を進むと「日輪滝」があります。こんな道端に堂々とあるお滝も珍しいですよね
涸れてしまっていますが、とてもダイナミックなお滝です
「眼病救護」とあるように、目の病に霊験があるとされていました
拝殿の天井にはたくさんの紙垂(しで)が。似たようなものを信州遠山郷の
霜月祭で見た記憶があります。学生の頃に毎年のように通っていたお祭です
本殿付近は整備が行われているようですね。周囲を池にするのでしょうか
本殿の左側に落差が1メートルほどの小さなお滝があって、微量ながらも水が出ています
七面宮には「日輪滝」と「月輪滝」があったそうなので、これが「月輪滝」なのでしょう
さて、全4回にわたってご紹介をした京都東山&洛北のお滝巡りもこれで終了です。最初はお滝の写真と簡単な説明文だけで済ませようと思っていたのですが、いざ調べ始めてみると今まで知らなかったような場所が次々に出てきて収拾がつかなくなってしまったため、少しずつ範囲を区切ってご紹介することにしました。有名観光地のすぐそばにこんな場所があるのか、という程度でも構いませんので、少しでも関心を持って頂けるのであれば幸いです。