映画『この世界の片隅に』

片渕須直監督の最新作

 

日常を描いた傑作

 

 

先日、ようやく片渕須直監督の新作『この世界の片隅に』を劇場で観ることが出来ました。

とにかく素晴らしい作品です。前作『マイマイ新子と千年の魔法』も十分に名作でしたが、今回の映画はそれすらも軽々と超えてしまうほどの大傑作であることは間違いありません。

原作はこうの史代の同名のマンガ作品。昭和8~21年の広島(主に呉市)での物語です。
素朴なキャラクターデザイン、そして戦時中の広島が舞台ということで、戦争による悲劇を描いた作品、あるいは苦しい時代を懸命に生き抜いた人々の記録ドラマのようなものを想像されるかもしれませんが、それは全く違います。確かに戦時中の苦しい暮らしぶりは描かれますし、空襲を受けて親しい人が怪我をしたり亡くなったりもします。なにより画面に表示される日付が刻々と昭和20年8月6日に近付いていくことも私たち観客は知っています。

しかし、です。映画の中で登場人物たちが見せる姿は、そういった状況に対する不安や絶望ではありません。どんなに混沌とした世界に生きようとも、彼らには彼らの日々の暮らしがあるのであり、そういったささやかな営みの一つ一つがリズミカルに、軽やかに、優しくて穏やかな視線で丹念に描写されていきます。そんな何でもない日常の光景や家族の会話に、泣きたくなるほどの幸福感を覚えてしまうのはなぜでしょう。物語の結末にしても、決してハッピーエンドとは言い難い状況でも、不思議と前向きで暖かな気持ちになるんですよね。

私は基本的に、泣いたり叫んだり大声で怒鳴り合ってばかりいるようなドラマが苦手です。むろん、登場人物たちが興奮して感情をぶつけ合わせたら、劇的なシーンは生まれるのかもしれません。でも、感情なんて一時のもの。その場でのカタルシスは得られても、心に長く留まるものがどれだけあるかといえば甚だ疑問です。むしろ、誰も気付かない平凡な日常の光景の中からハッとするような鮮やかな場面をすくい上げて見せてくれる演出に触れた時の方が、はるかに長く記憶に残ったりするんですよね(あくまで個人的な好みの話ですが)。

そういった意味で、日常描写の名手でもある片渕須直監督の作品は以前から大好きでした。

 

名犬ラッシー

私が最初に片渕監督の名前を認識したのは、世界名作劇場の『名犬ラッシー』です。

その前に放送されていた『ロミオの青い空』の終了による脱力感から、開始直後にはあまり見る気もなかったのですが、妹が「仔犬のラッシーがとにかく可愛い!」とすすめるので、つられて視聴することに。実際、仔犬時代のラッシーの可愛さといったらなかったものの、なによりも強い魅力を感じたのは、画面に登場する子供たちの生き生きとした描写でした。

小学生くらいの子供たちを主人公にした作品は別に珍しくありませんが、たいていの場合は大人の目線から見た子供の描き方になってしまっていることが多く、型にはめられたような窮屈さを感じることがあります。その点、名犬ラッシーの子供たちの場合は目線を低くして等身大に描写されることによって、伸び伸びと開放的に走り回っている姿が印象的でした。

作品自体は残念ながら放送が途中で短縮されてしまい、ラッシーがあっという間にジョンの元に帰って来たり、最終話がTVで放映されなかったり(DVDなどには収録)と不遇続きでしたが、前半でじっくり日常の生活風景が描かれたのは良かったと思います。そのため、ラッシーの旅こそ省略されたものの、ジョンとサンディのザリガニ獲り、コリンやプリシラを加えての岩山探検などは、子供目線からだと十分に大冒険のように感じられたものです。

 

アリーテ姫

2001年公開。この映画の存在を知ったのは、公開されて2~3年ほど経ってからだったと思います。DVDの監督名を見て「ラッシーの人だ!」と内容も調べずに買った記憶が…。

原作はダイアナ・コールスの『アリーテ姫の冒険』。フェミニズム文学とされていますが、映画からはあまりそういった印象は受けません。主要な登場人物はたったの4人で、地味な描写が淡々と続くため、観る人を選ぶ作品かとは思います。個人的には大好きなのだけど。

魔法使いの城に閉じ込められたお姫様の物語で、形式的に言えば完全なファンタジー作品となるはずなのに、妙に地に足の着いた生活感のあるシーンが多いのは片渕監督作品ならではかもしれません。目線の近い地道な描写を少しずつコツコツ積み上げることにより、終盤の幻想的な場面やキャラクターの開放感などがより素晴らしい効果となって伝わってきます。

千住明作曲の主題歌と劇伴音楽がまた素晴らしくて、映画の雰囲気にぴったりなんですよ。

 

マイマイ新子と千年の魔法

片渕監督の作品というと、アニメファン的には2006年に放送されたTVアニメシリーズの『BLACK LAGOON』が最も知られている存在ではないかと思われますが、毛色がかなり異なる作風のため今回は割愛させて頂くとして(片渕監督の別の一面が見られる意味では貴重です)、その次の作品となるのが2009年公開の『マイマイ新子と千年の魔法』。

これほど劇場で観ることが出来て良かったと思う作品というのも、そうはありません。もしどこかでリバイバル上映される機会があったら、ぜひ足を運ばれることをおすすめします。

内容は上の映像からもお分かりのように、一面に田園風景の広がる山口県の防府市に暮らす想像力の豊かな女の子、青木新子の日常に起こるさまざまな出来事や小事件を描いたもの。原作は高樹のぶ子の自伝的な小説『マイマイ新子』。昭和30年代が舞台となっています。

終盤に起こる事件を除けばストーリー的な起伏などはほとんど無いに等しいのに、不思議とどのシーンも見ていて飽きることがありません。そこで描かれるのは、ただただ新子たちが空想したり遊んだりしている日常の風景。こういったなんでもないはずの場面に、見る者の心を惹き付けてしまうだけの魅力を持たせてしまう演出力の凄さ。それは、登場人物たちの細かな動きや仕草が、じっくりと丹念に描かれていることによる説得力も大きいでしょう。

アニメーションの作画で最も難しいとされるのが、日常の中のごくありふれた何気ない動作だとか。誰もが普段から見慣れている動きであり、ちょっとしたことでも違和感を感じ易い部分のため、手を抜いたり誤魔化したりすることが出来ず、それを描く側の観察力までもが問われてしまうのだそうです。ただ、そういった労力を必要とする割にはアクションシーンのような視覚的な効果もほとんど得られませんから、余計に敬遠されることにもなります。

この映画が持つ映像的な説得力は、そういった日常の中にある動きを正面から逃げずに描き切っている部分によるところが大きいと思います。もちろん、ただ労力を費やせば良いわけではなく、切り取る動作の選び方やアングル、カット割りなどが優れていてこそ、ですが。
そしてこの日常描写を更に徹底的に突き詰めたのが今回の『この世界の片隅に』なのです。

 

映画館で観て欲しい作品

この世界の片隅に』は、できるだけ映画館で鑑賞して欲しい作品です。映像的な情報量がとにかく圧倒的で小さな画面では把握しきれないかと思われますし、なによりもその音響を体感して頂きたいのです。あちこちの山から聞こえる対空砲火の音、そして空襲の臨場感。ここまで空間的な「音」を使って市民の感じる戦争を生々しく描いた作品はあまりなかったように思います。音響監督を片渕監督自身が兼任していることからも、音に対しては相当のこだわりがあるのが窺えますよね。日常の生活音と、いきなり音空間の広がる「戦争」とのコントラスト。この日常と非日常の境界が、戦局の悪化と共に次第に曖昧になっていくのが恐ろしいのです。そして終戦。玉音放送を聴いた後のそれぞれの反応がとにかく切ない…。

公開中の作品なのであまり具体的な内容には触れませんでしたが、アニメの絵柄や設定から「どうせこの程度のものだろう」と先入観で想像されるレベルの遥か彼方にある作品であることは明言できます。このような傑作映画が企画当初は資金難で制作すら危ぶまれたこと、現状では公開規模がまだまだ小さいことなど、口惜しい点もままありますが、お近くで公開されている劇場があれば、ぜひご覧になってその素晴らしさを知って頂きたいと思います。

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