カメラとの出会い

ちょっと特殊なカメラ歴

最初のカメラたち

私が写真を始めたのは小学校5年生の春頃だったと記憶しています。

きっかけは、好きだった電車の写真を撮りたいと思ったから。当時、小学生くらいの子供がカメラに興味を持つとしたら、好きな女の子を撮るためか、電車の写真を撮るためかのほぼ二択(現在ならそれ以外にもいろんな可能性があるのでしょうが…)。私はその後者だったわけですね。家の近くを信越本線(当時はちょうど民営化直後くらいの時期でした。現在はしなの鉄道)が通っていて、特急「あさま」や特急「白山」、運が良いとEF62が牽引する臨時列車などを見ることも出来たので、子供心にそれを写真に収めたくなったのでしょう。

その話を聞いた隣の家に住む親戚のおじいさん(いろいろな意味で私の「師匠」にあたる人です)が、「昔仕事で使っていた写真機があるから、もし動くようだったら使っていいよ」と押入れの長持の中から古いカメラを何台も出してきて私にくれたのです。それらの機体をいったい何の仕事に使っていたのか質問してみたところ、「貸しカメラ」との答えでした。

現在の感覚で「貸しカメラ」という商売名を聞くと、なんとなく「機材レンタル」みたいなものをイメージしてしまいますが、時代は昭和30年代、まだ全ての家庭にカメラが普及していなかった頃のお話です。旅行や子供の行事などを写真に残したいけれど、家にはカメラがない、という人たちにカメラを貸し出して、撮られてきた写真を現像/プリントしてあげるサービスが存在したそうで、それを「貸しカメラ」と呼んだのだとか。まだオート機能などなかった時代であり、カメラに不馴れな人もいたため、貸し出す際には使い方の説明をする機会も多かったとのこと。そんな経験もあってか、子供の私にも分かるよう丁寧にカメラの仕組み、フィルム感度、シャッター速度と絞りの関係などの基礎知識を教えてくれました。

その頂いたカメラというのがまた多種多様で、

頂いたカメラたち
頂いたカメラたち

一眼レフ:ASAHI PENTAX SV(ペンタックスSV)/MINOLTA SR‐1(ミノルタSR‐1)
レンジファインダーカメラ:KONICA IIA(コニカIIA)
スプリングカメラ:KONICA PEALII(パールII)/WELTA PERLE(ウェルタ ペルレ)
二眼レフ:BEAUTY FLEX(ビューティフレックス)
ハーフカメラ:OLYMPUS PEN(オリンパス ペン)

という顔ぶれ。一般家庭に貸し出すのが目的なので、ほとんどが普及機~中級機クラスではあるものの、さまざまな形式・フォーマットにも対応していたことが分かります。そして、これらが私にとっての初めてのカメラ、つまり「スタートカメラ」になるわけなんですね。最初から多様な形式のカメラに触れることが出来た経験は、本当に貴重だったと思います。

ただ、当初の目的である「電車を撮る」腕がなかなか上達しません。あれこれ工夫を重ねているうちに、手段だったはずの「写真を撮ること」自体に興味の対象が移って行きました。

 

教科書は古いカメラ雑誌

おじいさんの家の物置には壁一面に積み上げられた古いカメラ雑誌があり、そのほとんどは昭和30年代のもので、主要雑誌(『アサヒカメラ』/『カメラ毎日』/『フォトアート』)がセットで揃っていました。これらを少しずつ借り出しては参考書としていたため、まるでリアルタイムな出来事のように当時のカメラ業界の変遷を目にするという奇妙な体験をしています。特にそれは国産カメラが世界へと飛躍していった時代とも重なるため、その劇的なまでの変化と躍動感には本当にワクワクさせられました。「ペンタプリズム搭載の一眼レフカメラが登場!」とか「露出計内臓のカメラが新発売!」とか「自動露出のカメラを近日中に発表予定!」といった感じで、毎月のように新機能やら実験的な機構を搭載したカメラが続々と登場していた頃ですからね。私が実際に使っていたカメラもその時代のものなので、なおさらシンクロ性は高かったように思います。実体験のように認識していたわけですし。

ちょうどその頃、世間ではクラシックカメラブームの旋風が巻き起ころうとしていました。当時中学生だった私も、出版されたばかりの『銘機礼賛』(田中長徳著/日本カメラ社)を購入して耽読するなど多大な影響を受けています。それまで自分がリアルタイムな出来事のように目撃してきたカメラたちが、ほぼ同時に「クラシックカメラ」としても再評価されているという現象は、まるで現実世界とパラレルワールドを行き来するかのような独特な感覚でした。以後、私にとってクラシックカメラ/レンズというのは不可分の存在となります。

 

もう一つの教科書

さらに写真の知識を得るのに役立ったのが『ライフ写真講座』/『ライフ写真年鑑』というシリーズ本。あの天下のグラフ雑誌、TIME社の「LIFE」が制作したあまりにも豪華すぎる参考書です。内容がどうこうの以前に、使われている写真の質がとにかく桁違いで、グラフジャーナリズム全盛期の威容を窺い知ることの出来る貴重な資料でもあります(この本が出された頃は既に斜陽の時代でしたけれど)。難解な技術関連の文章は読まなくても、作例写真を見るだけで勉強になるくらいですからね。そのおかげで、子供ながらにアオリの技法やら暗室技法やら特殊撮影技法を「知識」として理解することが出来ました(実践したことはありませんが…)。ちなみに、これらの本も先のおじいさんの家にあったものです。美術関係に造詣が深い方だったので、写真集なども豊富にあり、私が特に影響を受けたのは土門拳の『古寺巡礼』と、前田真三の風景写真でした。土門拳と前田真三、まるで水と油のような存在に思えますが、私の中では何の矛盾もなく両立しています。もちろんその他にも影響を受けた写真家は多いですが、最初の衝撃を受けたのは間違いなくこの2人なのです。

 

知識のミッシングリンク?

上記のようにかなり特殊な出会い方をしたためか、私のクラシックカメラ/レンズに対する感覚は妙にリアルで具体的です。ただ、おじいさんの家にあったカメラ雑誌は昭和30年代の後半までで、それ以降のものはありませんでした。また、私が写真を本格的に撮り始めたのが1990年代の初頭ですから、その間の時代、具体的には1960年代後半~1980年代後半までの約20年間のカメラ/レンズに対する知識がほとんどなく、またそれほど積極的に知りたいという欲求も起きません(大量生産化/自動化の時代という認識なもので…)。ですから、今後カメラやレンズについて語る際も、このあたりの時代に関してはあっさりと流す傾向になると思いますが、どうかご容赦下さい。別にその時代の製品を嫌っているというわけではなく(実際に愛用しているものもあります)、単純に知識が乏しいのが理由ということで。

 

その後のカメラ歴は、高校時代には中判カメラ、大学時代以降はレンジファインダーカメラ(ライカ)とパノラマカメラ(ワイドラックス)、そして現在ではミラーレスデジタル一眼カメラという変遷になるのですが、そのあたりについては後日改めて書くかもしれません。

 

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