哲学の道~南禅寺
有名観光地の傍らに…
前回からの続きで、東山周辺に点在するお滝紹介のその②です。今回は人気観光コースでもある哲学の道~南禅寺までの南北約1.5キロほどの範囲を訪ねてみることにしましょう。
東山のお滝(全体図)
今回ご紹介する範囲です
上図の通り山際に沿っていくつかのお滝があります。この周辺は哲学の道、永観堂、南禅寺など有名な寺社や散策コースが集中するエリアなのですが、そんな観光地から数百メートルほどしか離れていない場所にもお滝が存在していることはあまり知られていないようです。
鹿ケ谷
今回スタートするのは、哲学の道のちょうど中間地点あたりにある鹿ケ谷への入口からです
哲学の道。鹿ケ谷への分岐は「霊鑑寺(れいかんじ)」の標識が目印
なお、ここを反対方向に下ると白川通の真如堂前バス停付近に出ます
先ほどのポイントから少し山側へ入ると霊鑑寺があります。普段は非公開のお寺ですが
春は椿、秋は紅葉の名所として特別公開されます。今回はちょうど春の特別公開でした
せっかくの機会なので少し寄り道をしてみましょう!
ここは皇室の女性が入った門跡尼寺で、「谷の御所」とも呼ばれたそうです
さすがに椿の名所だけあって、境内ではさまざまな椿の花を見ることが出来ます
なんでも30種類以上が植えられているとか。紅葉の時期にも来てみたいですね
霊鑑寺の山門脇の道が鹿ケ谷への入口です。ここに「俊寛山荘地」の石碑が立っていますが鹿ケ谷と言えば俊寛、俊寛と言えば「鹿ケ谷の陰謀」としてその名が知られている場所です
谷に入るとかなり急な坂道が続きます
ところで、鹿ケ谷には歴史的にもう一つ重要な側面があります。それは、かつてこの周辺の山々に広大な寺域を領していた「如意寺」というお寺の京都側の入口であったという点です
如意寺は大津にある三井寺(園城寺)の別院で、如意ヶ嶽を中心として西はこの鹿ケ谷から東は三井寺まで至る東西3キロ、南北1キロほどの山域に数十もの堂塔が建ち並んだ壮大な規模の山岳寺院だったそうです。大津へ抜ける如意越えの道がここを通っており、鹿ケ谷は三井寺の京都側の入口とみなされていたとか。比叡山の山門派との激しい対立から、京への影響力を誇示しようとする寺門派の三井寺が採った苦肉の対応策であったのかもしれません
如意寺は室町時代に兵火によって焼失し廃寺となったようですが、先ほどの霊鑑寺の本堂に祀られている如意輪観音像は、もともと如意寺の本尊であったとも伝えられているそうです
瑞光院(浪切不動尊)
坂道を上った谷の奥にあるのが浪切不動尊で知られる瑞光院
境内にある小さな広場。正面に不動明王、左側には役行者が
祀られており、どうやら護摩修行などをする場所のようです
瑞光院の本堂。ご本尊は浪切不動明王
本堂の奥には特異な形をした岩場があり、左側が渓流、右側がお滝になっています
岩場の上には建物が見えますが、現在は使われていないらしく半分朽ちてしまって
いるようです。滝行に来た人が「お籠り」をするためのものだったのでしょうか?
お滝
手前にはお不動さんと弁財天が祀られています
瑞光院のお寺の歴史はそれほど長くないようですが、かつての山岳寺院の入口という立地や特異な岩場の存在を考えると、ここが古くからの信仰の場であった可能性は高そうですよね
浪切不動尊のお滝を動画で撮影してみました
私がお滝を好きな理由は、その独特な雰囲気と静寂の中を落ちる水の音に惹かれるからです
自然の滝とは少し違う一筋の水が岩をたたく音。水と岩という天然の素材が生み出している音なのに、どこか少しだけ人工的。都会の喧騒は苦手だけれど、100パーセントの大自然にもちょっと気後れしてしまう自分のような人間にとっては最適な場所なのかもしれません
談合の滝?
瑞光院から50メートルほど下ったところに別の不動尊があり、「矢留鬼不動明王」という幟が立てられています。谷川に近い場所に不動尊が祀られているということは、もしかしてお滝があるのでは?と思って調べてみると、どうやら浪切不動尊の下流にもう一つのお滝が存在するらしいことが分かりました。ただ、情報が少なすぎる上に、そこに辿り着けそうな道がどうしても見つかりません。たしかに遠くからお滝らしい音は聞こえてくるのだけど…
矢留鬼不動明王の幟
不動明王が祀られたお堂
不動尊から下る途中の道路脇に「談合乃瀧」と書かれた石碑と狛犬があるのを発見しました
この奥にお滝があるのでしょうか?ただ、見た目は完全に民家なので勝手に入ることは出来ません。誰かにお聞きしようにも人気がなくて…。残念ながら今回は諦めることにしました
瀧宮神社
哲学の道の南端、若王子神社の境内から少し山側へと入ったところにあるのが瀧宮神社です
若王子(にゃくおうじ)神社
若王子神社の境内から東の山側を見ると、奥の方に瀧宮神社の鳥居が
そして、暗くて分かり難いですが写真の右奥にも別の鳥居があります
右奥の鳥居の方へ向かって進むと、このような岩場に出ます
岩場の右側には自然の滝が流れていたような痕跡が
そして岩場の左側にはお滝があります。瑞光院とは左右が逆になりますが
よく似た地形ですよね。手前のお社には天龍白蛇弁財天が祀られています
お滝
お滝の上のお不動さん
このお滝は、若王子神社から「新島襄・八重の墓」へと向かう山道の途中からも見ることが出来ます。「如意輪の滝」と呼ばれているそうで、かつてここにあった「天竜茶屋」という茶店の一部であったのだとか。天竜茶屋が廃業した後も、このお滝だけは残されたようです
道を戻って瀧宮神社への坂を上ると、途中にこのようなお社が祀られた場所があります
ここからも先ほどのお滝が見えますね
地面にはたくさんの瓦の破片が…。以前はもっと多くのお社が建っていたのでしょうか?
瀧宮神社。左側に道が続いています
更に進むと柵があり、進入禁止なのかと案内板を見れば「イノシシが出るので電気柵を設置しました。門を開けたら必ず閉めて下さい(要約)」とのこと。通行自体は可能なようです
柵を抜けると石段が続きます。周囲は倒木が多くてやや荒れ気味
奥の方にお滝が見えてきました。手前にあるのはお稲荷さん
突然ガサガサッという音がしたので「うわっ、イノシシか!?」と思ったら猿でした
数匹の猿が木の枝を伝ってこちらに近づいてきます
思わず身構えましたが、遊んでいるのか頭上を悠々と通過して行きました
気を取り直してお滝に到着。この場所には千手不動尊が祀られていることから「千手の滝」と呼ばれているそうです。ここも倒木が多くて周囲がやや荒れてしまっているのが残念です
開放感のある雄大なお滝
お滝の横に祀られた不動三尊。風格があって、なかなか良いお姿をされています
このあたりは熊野信仰との関わりが深い場所で、若王子神社(正式には熊野若王子神社)は平安時代に後白河法皇が熊野権現を勧請して祀った「京都三熊野」と呼ばれる三つの神社のうちの一つであり、その中でも那智分社としての役割を果たしていたそうです。末社である滝宮社(瀧宮神社)のお滝は那智の滝に見立てられ、熊野詣へと向かう人々は京を発つ前に必ずこの若王子神社に参拝をし、滝宮社のお滝の水で身を清めることになっていたのだとか
とても立派なお滝なのに、荒れ気味なのがなんとも残念
イノシシよりも、猿よりも、倒木が一番怖かったです…
南禅寺奥の院
南禅寺と言えば臨済宗南禅寺派の大本山で、春は桜、秋は紅葉、境内を通る水路閣などでも知られる東山を代表する観光地の一つなのですが、実はこのお寺の奥にもお滝があるんです
お滝のある奥の院へは、この琵琶湖疏水の流れる水路閣の下を抜けて左に進みます
緩い坂を上った正面に見えるのは駒ヶ瀧最勝院(高徳庵)
最勝院は紅葉の名所としても知られる南禅寺の塔頭。この右側にある山道を進みます
よく整備された山道で、傾斜もそれほど急ではありません
奥の院に到着。最勝院から10分もかからない距離です
正面奥にあるお滝へは、右に見える橋を渡って行きます
お滝です。滝行をするための設備が整っていて、今でも現役の行場であることが分かります
かつて最勝院の地に隠棲していた天台宗の高僧である駒道智大僧正が、この場所から白馬に乗って天へ昇ったという伝承があるため、「駒ヶ瀧」という名前が付けられているそうです
かなりの落差がある見事なお滝ですね
お滝の右上にはこのような洞窟があります
洞窟の中はそれほど広くありませんが、いくつかの石仏が祀られていました
これまでご紹介してきたお滝では人と会う機会もほとんどなかったのですが、さすがにこの駒ヶ瀧は有名観光地である南禅寺の境内からもほど近い場所にあるためか、私のいる間にも10人以上がやって来ました。しかも日本人はたった3人(熟年のご夫婦と若いお兄さん)だけで、それ以外は全員が欧米からの観光客だったのです。近年、高野山や伏見稲荷などが外国人観光客に人気だと聞きますが、こういった場所に対する関心が高いのかもしれません
奥の院に来ていた男性も「ここはすごくspiritualな場所だね!」と感激した様子でしたし…
外国人がこのような信仰空間に立ち入るのを嫌う人もいるようですが、私はむしろ日本人が来ないことの方がよほど問題なのではないかと思っています。別にもっと信仰心を持てとかそんな小難しい話ではなく、古来日本人が大切にしてきた「清浄な空間」というのがどんな場所であるのかを体感してほしいんですよ。これも一つの文化の根幹だと思っていますので
…というわけで、東山のお滝巡りその②はここまで。次回が最終回です