謎のレンズシリーズ その② / ジュピター JUPITER-38 75mm f4

BelOMO(MMZ)/  Юпитер-38 4/75

 

ジュピターの珍種?

前回に続き、謎のレンズシリーズの第二弾です。

ジュピターは、ロシアレンズの中でも特に人気・知名度の高いレンズシリーズ。その多くが戦前のドイツのカールツァイス・イエナ社を代表する傑作レンズであるゾナー/ビオゴンの血統を受け継いでいるという歴史的背景は、レンズ好きの間ではあまりにも有名な話です。

ロシアレンズの名称は「シリーズ名+数字」とするのが基本で、例えばジュピターの場合はジュピターが50mmf1.5、同が50mmf2、同が85mmf2、同11が135mmf4、同12が35mmf2.8などとなっていますが(欠番は試作品や特殊用途のレンズだとか)、このレンズの番号は38、聞いたことのない数字です。1番違いであるジュピター37Aは一眼レフ用望遠レンズ(135mmf3.5)として有名なのですが、こちらは75mmf4という非常に地味なスペック。しかもインダスター(テッサータイプを基本とする普及型タイプ)でもヘリオス(ガウスタイプを基本とする一眼レフ用レンズ)でもボルナ(マクロレンズ)でもなく、わざわざ「ジュピター」を名乗っていることが何やら複雑な出自を匂わせます。

前述の通り、「ジュピター」の名前が与えられたレンズの多くは、戦前のカールツァイスのゾナー/ビオゴンにその由来を辿ることが出来ます。この命名の原則が守られているとするなら、ジュピター38にも原型となるレンズが存在していたのでは?…と思って調べると、ありました。ロボット用やテナックス用として作られたゾナー7.5cmf4というレンズが。

どちらもレンズ構成図が見つからないので詳しいことは分かりませんが、写真で見る限り、ゾナーの前玉と後玉の大きさの比率がジュピターのそれとよく似ているようにも思います。全く同一の光学スペック、そして「ジュピター」という名称…やはり何らかの関係性が!?

外観
外観

写真のように、かなりコンパクトなサイズのレンズです。M42マウント、フィルター径は43mm、絞りは無段階の実絞りで羽根は12枚もあります。フィルターリングとマウント部分を除いて全て樹脂製で、ピントリングは根元部分にわずかにローレットが刻まれているのみという、まるで産業用レンズかのような外観。レンズのコーティングはロシアレンズによく見られるグリーン/パープル系の派手なもの。銘板にある固有記号から、ベラルーシのMMZ(ミンスク機械工場)で製造されたことが分かります。また製造番号が少し特殊で、「Nxxxx(N+4桁の数字)」という一般的なロシアレンズでは見慣れない表記方法です。

背面
背面

マウント側。後玉はとても小さいです。絞り羽根が見えますが、この状態でも絞りは開放で、羽根は開ききらずに周囲に残ります。もし全開にすればf2.8くらいにはなるかも?

さて、このレンズについてWEB検索してみると、前回よりはずっと多くのヒットが得られます。その中には非常に有意義な情報もあり、このレンズの出自はだいたい分かりました。
※参考にしたのはこちら→<>。特に④のサイトの情報がとても詳細です。

上記のサイトの情報を要約すると以下の通りになります。

  • このレンズは、1990年代の後半にBelOMOが実験的に製作した交通警察用の記録カメラ「セレナSELENA)」の専用レンズとして作られたものである
  • 専用レンズはジュピター38ジュピター39(135mmf5.6)の2本が用意された
  • 警察官が扱いきれずに実験は失敗。カメラは工場に回収され、全ては無かったことに…

つまりは「失敗に終わった実験カメラの付属レンズ」というのがこのジュピター38の正体だったわけですね。その「セレナ」、写真を見ると非常に特殊な構造のカメラであることが分かります(④のサイトを参照)。長尺フィルムの使用を前提とし、シャッターは小口径のビハインド式。ファインダーは外付けのビューファインダー、露出やピント調節は外部制御のようです(説明されていませんが、レンズの周囲に取り付ける装置の写真があります)。

これによりさまざまな疑問が解けました。産業レンズ然としたデザインなのは、警察が使う記録カメラ用だったからでしょうし、レンズのスペックが地味なのは、小口径のビハインドシャッターに収まるサイズの後玉を持つレンズが求められたからでしょう(ジュピター39/135mmf5.6の後玉も非常に小さいようです)。カメラの制約に合わせてレンズを新設計するのではなく、その制約を回避できそうなレンズを過去に遡って探し出してきた、ということなのかもしれませんね。なお、ジュピター38/39は5枚構成だと書かれています。

使用例
使用例

ご覧のようにマウント後部がかなり突出しています。上記のサイトでも一眼レフのミラーに干渉することが書かれていました(私はマウントアダプターを介してEマウントで使用しています)。フードは43mm径の望遠レンズ用を持っていないため、ステップアップリングで49mmに変換の上、フジカの100/135mm用フードで代用しています。レンズの前玉が小さいからか、これでもケラレません。中間部がくびれて面白い外観になりますね。

 

ジュピターで撮ってみる/カメラ:SONYα7

※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。

絞り:開放

合焦部分の拡大画像絞り開放。このレンズの特徴は、とにかくハイコントラストで高解像度なこと。使用目的が警察の記録カメラ用ということで、くっきり・はっきり写ることが最優先されたようです。ただ、その弊害なのかカメラのセンサーとの相性なのか分かりませんが、ハイライト部分に強烈な偽色(パープルフリンジ)が発生します。この写真でも白い袖の部分に顕著ですね。

 

絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像絞りはf5.6。ボケは自然で特にクセなどは見られません。合焦部分のエッジが鋭く立つ描写なので、被写体が背景から浮かび上がってくるようなリアルで力強い印象を受けます。

 

絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像絞りはf5.6。リアルで力強いのは良いことなのですが、それも度を越すと逆に不自然な写りとなります。この写真も、ツツジがまるで人工的な造花のように見えてしまいますし。

 

絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像絞りはf5.6。ハイライトは粘らずあっさりと飛びます。これはこれでいっそ潔いかと。

 

絞り:開放

合焦部分の拡大画像絞り開放。情感あふれる光景を撮影したつもりだったのですが、その結果はポスターカラーで描いたイラストみたいな写真に。なんというかこの、パキパキとした…プラスチック感?

 

絞り:開放

合焦部分の拡大画像絞り開放。こういった場面では、メリハリのある描写が良い方向へ働いていると思います。

 

絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像絞りはf5.6。メリハリの効いた描写は、特にこのような光の条件が悪い場所でその長所を発揮します。合焦部分を鋭く描き出しながら、締めるべき部分はしっかりと締めるので。

 

絞り:開放

合焦部分の拡大画像絞り開放。こんな描写も良いですね。惜しむらくは空と枝の境界に偽色が発生しています。

 

絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像絞りはf5.6。COSMICARと同様にこのレンズでも伏見稲荷を撮ってみましたが、色味がこってりと乗る濃厚描写はやや冗漫すぎる印象。被写体としてはあまり向いていないかな。

 

絞り:開放

合焦部分の拡大画像絞り開放。一般的な評価基準では褒められない性能かもしれませんが、このパキパキ描写が妙にクセになるのもまた事実。こんな写真ばかりを集めてシリーズ化したら面白いかも!?

 

絞り:開放

合焦部分の拡大画像絞り開放。前回のフジノンと撮り比べたもの。ジュピターの方がコントラストが高いため、暗部は潰れ気味。これ以上明るくするとハイライトが飛びますし、なかなか難しいですね。

 

絞り:開放

合焦部分の拡大画像絞り開放。周辺部に若干の減光と結像の甘さは見られますが、中心部の解像度は十分です。

 

謎のレンズシリーズ第二弾、今回のジュピター38の正体はロシアの交通警察のために試作された記録カメラ用のレンズというものでした。その目的からも、確実で明快な解像性能に重点が置かれた設計なのは想像に難くなく、もともと高かった解像力を更にコントラストで締め上げているような印象すら受けます。それは逆に言えば繊細さだとか柔らかさの部分をバッサリと切り捨てていることを意味するわけで(曖昧さなどは必要ありませんからね)、私の好む描写とは正反対の方向性を持つレンズと言えます。ただ、その振り切れた個性には好悪を超えた不思議な魅力があり、これを生かした写真を撮ってみたくもなったりして…。

海外のレンズ

織物提供:小岩井紬工房

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