富士写真光機 / FUJINON-E 1:3.5 f=6.3cm
産業用?引き伸ばし用?
謎のレンズシリーズの第一弾です。
「謎」とは言いつつも、このレンズの場合、メーカー(フジノン=富士/富士写真光機)も使用目的(E=引き伸ばし用レンズ)も明記されているので、その出自は判明しています。
では何が「謎」なのかというと、これだけメーカーも使用目的もはっきりとしているレンズなのに、関連する情報がほぼ皆無というくらいに乏しい点。レンズ名をWEB検索しても、今のところ同名のものは一件もヒットせず、かろうじて「FUJINON-M 6.3cm f3.5」という外観が瓜二つで記号部分だけが微妙に異なるレンズが数件ほど見つかるのみ。この「M」は産業用のフジノンレンズに与えられる記号なので、民生用の製品ではないことになります。
製造番号を見ると、この「FUJINON-E」は「No.6349xx」で、WEB上で確認することのできる「FUJINON-M」表記のものは「No.6337xx」と「No.6345xx」が読み取れるため、どれもかなり近い番号帯にあるようです。上下に1,200番ほどの差があるので、少なくとも1,000本以上は製造されたことになるのでしょうか。また「M」よりも「E」の番号の方が新しいため、産業用レンズの余剰生産分を引き伸ばし用レンズへと転用したのでは?などと考えられなくもありません(いずれにしても、参考となる個体数が少なすぎますね…)。
外観はいたってシンプル。引き伸ばし用なのでヘリコイドはなく、絞りの値が前後逆向きに不等間隔で刻まれており、最小値はf16、絞り羽根は10枚構成。レンズのコーティングはブルー/パープル系で、その反射面から前群・後群共に2群3枚のダブルガウスタイプのように見えます(あくまでも目測ですが)。マウントはごく一般的なL39マウントです。
さて、「引き伸ばし用」で「6.3cm f3.5」というスペックを聞くと、お好きな方なら間違いなくエル・ニッコール(EL-NIKKOR 6.3cm/63mm f3.5)を思い浮かべるでしょう。日本光学がマイクロフィルム用に開発したこのレンズは非常に高性能であることが知られ、現在でもデジタルカメラに装着して使用している人は多く、相場も高値で安定しています。
かなり特殊な焦点距離のレンズになりますが、これと全く同じスペックであるということはフジノンもまた同様の目的、つまりはマイクロフィルム用に開発された製品であったのかもしれません。ニッコールの代替を狙った商品だったのか、あるいは自社の産業用機器で使用することを前提に設計されたものだったのか…。どう考えても商業的に成功したレンズとは思えませんが、もしあのエル・ニッコールと同様にマイクロフィルム用に設計されたものであったとするなら、その性能面については大いに期待が持てそうですよね。
写真はEマウントに変換した使用例です。もっとスマートな方法もありそうですが、手持ちのアダプター類の関係でこのような組み合わせになっています。マウントの変換方法は
- L39→M42に変換(変換リングを使用)
- M42マウントの接写リング(ここではフジカ純正の最も薄いタイプを使用)
- M42→M42のヘリコイドアダプター(この部分でピントを調節します)
- M42→Eマウントの変換リング(厚さが1mmほどの薄いタイプ)
これでほんの少しオーバーインフですが無限遠が出ます。また、このレンズの先端部分にはフィルター用のネジが切られていないため、そちら側にもちょっとした工夫が必要です。
- レンズ先端部の外径が約45mmなので、49mm→46mmのステップダウンリングの内側を細かい目のヤスリで削りレンズの外径にピッタリ嵌る大きさになるまで広げる
- ステップダウンリングを裏向きに装着(緩い場合はテープなどを貼って隙間をなくす)
- フジのデジタルカメラX-100シリーズ用のフード(49mmの外ネジ仕様/ここで使っているのは純正品ではなく社外品)をそのステップダウンリングにねじ込めばOK
やや強引な手法ではあるものの、不思議と一体感のある外観になるので気に入っています。
フジノンで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
まずは絞り開放の遠景撮影から。若干の周辺減光は見られますが、開放からフレアも滲みもなく、画面中心部の解像度は十分にあります。ただ、周辺部は像面湾曲が強いのかピントが来ていません。f8くらいまで絞ることで改善しますが、もともと遠景を撮ることなど全く考慮されてはいないレンズのため、これを欠点だと揶揄するのはちょっと気の毒かもです。
絞り開放。コントラストは低めですが、解像感は高いです。いわゆる「線の細い」描写で、穏やかなトーンからは繊細かつ上品な印象を受けます。この写りは個人的に大好きですね。
絞りはf5.6。少し絞っていますので、遠景でも解像度には全く問題がありません。暗部はしっかりと潰れずに残りますし、夕空の微妙なトーンも忠実に再現されていて良いです。
絞りはf5.6。一般的に、引き伸ばし用レンズはその描写特性から近接撮影を最も得意とすると言われています。実際、このレンズの近接描写力には素晴らしいものがあり、合焦部の解像度はもちろん、優しいトーン、なだらかなボケ味など文句の付けようがありません。
絞り開放。近接撮影なら、開放でも十分に実力を発揮してくれます。後ボケも非常に素直。
絞り開放。半逆光のためコントラストはやや低下気味ですが、合焦部の線の細さは見事だと思います。この距離では玉ボケが出やすくなり、後ボケがザワついて少し煩く感じますね。
絞りはf4。どのレンズで撮影しても無難に写りそうな場面ではあります。ただ、合焦部の繊細な表情などは、このレンズならではのものかもしれません。とても優しい写りですね。
絞りはf4。こういった描写はコントラストが低めのレンズだからこそ、なのでしょうか。
絞りはf5.6。穏やかで緻密な描写。落ち着いた雰囲気の場面にぴったりのレンズです。
絞り開放。こちらは一転してハイコントラストの場面。ちょっと無理があるような気もするのですが、他のレンズで撮ると暗部が潰れてしまい、この沸き立つ感じが出ないんですよ。
絞りはf4。燃えています。真っ赤です!ここでも暗部の潰れない描写に助けられました。
絞りはf5.6。やはり、このような場面を撮るのに最適なレンズだと思います。解像度、ボケ味、穏やかなトーンのバランスが絶妙。しっとりとした描写になるのが良いですね。
全く無名のレンズではあります。しかし、その控えめのコントラスト、繊細な解像感などは個人的に大好きな写りです。遠景描写にやや難はありますが、それも引き伸ばし用レンズであることを考えれば我慢のできる範囲。63mmという独特な焦点距離も、実際に使用してみると被写体との距離感が取り易くてなかなか便利なため、持ち出す機会も増えそうです。
織物提供:小岩井紬工房