ウォーレンサック / RAPTAR 2INCH(50mm)f/2
何故か無名なアメリカンレンズ
ウォーレンサック社は、コダック社と並ぶアメリカの光学メーカーの2大巨頭であったはずなのですが、なぜか日本国内では知名度が低い上に人気もありません。よほどのマニアならともかく、一般的に知られている製品はせいぜい戦時中にニューヨークライツ社からの依頼で製造されたライカLマウント用レンズの数本くらいではないでしょうか。今回ご紹介するラプターも、本来であれば47mmのエクター(Ektar 47mm f2)あたりと並び称されてもおかしくない性能を持っているのに、そういった話題を聞いたことは一度もないどころか、そもそもその存在すら認識されていない、完全に忘れ去られたレンズのように思われます。
ウォーレンサックの2インチ/50mmの標準レンズというと、上述のライカLマウントや1940年代~1950年代のアメリカ製のさまざまな種類の35mmカメラに供給されたヴェロスティグマット(VELOSTIGMAT 50mm f2.8 / f3.5)がよく知られるところですが、その上位モデルにあたる開放f値がより明るいラプター(RAPTAR 2INCH f1.5 / f2)というレンズもごく少量ながら生産されていました。今回のf2の個体は1946年~1952年にかけて販売されたクラルス MS-35(CLARUS MS-35)というカメラ向けに用意された標準レンズになりますが、それ以外のカメラにも供給されていたのかについては不明な点が多く、また同一スペックのファスタックス ラプター(FASTAX RAPTAR 2INCH f2)というハイスピードカメラ用レンズとの関係性についても詳しいことはよく分かりませんでした。
とても小さなレンズです。絞り環から上がレンズ本体で、その下側の幅の広くなった場所がピントリング。レンズ本体部分のデザインは同時代のアメリカ製レンズに共通するもので、シネレンズから大判レンズ、引き伸ばしレンズに至るまでほとんどが同じ様式で統一されており、それがカメラのヘリコイドやレンズボード等に装着される形で供給されていました。
フィルター径は実測値だと31mm前後で先端部の外周径が約32.6mmほど。適合するフィルターを所有していないため、正確なサイズは分かりません。絞りはf2~f16まで不等間隔のクリック付きで、羽根は9枚。最短撮影距離は3.5フィート(約1m)です。
クラルス MS-35はm41という独自規格のスクリューマウントを採用したレンズ交換式のレンジファインダーカメラ。製品の許容誤差が大きいらしく、レンズがm42マウントのカメラやマウントアダプターに装着できてしまうこともありますが、m42マウントよりもフランジバックが短いため、そのままの状態ではアンダーインフとなり無限遠が出ません。
一般的なクラルス MS-35用の標準レンズであるヴェロスティグマット(VELOSTIGMAT 2INCH f2.8)は回転ヘリコイド式の個体が多いのですが、このラプターは明るい上位モデルという位置付けだからでしょうか、直進ヘリコイド式による繰り出しに変更されています。
カメラに装着したところ。クラルス MS-35はいかにもアメリカ製、といった感じのするデザインと作りのカメラで、その前後にたっぷりと厚みのある貫禄ボディが外観的な特徴となっています。布幕の横走り式フォーカルプレーンシャッター機で、ファインダーと距離計が分かれた別窓タイプ。ファインダーにブライトフレームはなく、距離計は二重像合致式。裏蓋は蝶番式の横開き、シャッターは高速側のみで低速(スローガバナー)はありません。
交換レンズのエルジート(ELGEET 4INCH f4.5)と、一般的な標準レンズであるf2.8のヴェロスティグマット(VELOSTIGMAT 2INCH f2.8)を隣に並べてみました。この他にも35mmと101mmのラプター(RAPTAR 35mm f3.5 / 101mm f3.5)があるのですが、ヴェロスティグマットとエルジート以外の交換レンズは滅多に中古市場には出てきません。
この個体は運良くm42マウントに装着ができたので(微妙に径が足りなくて装着できない個体もあります)、17mm~31mmのヘリコイド付きアダプター(m42→m42)と厚さ約1mmの薄いm42→ソニーEマウント変換リングを組み合わせて使用しています。
フードはDiaブランド(樫村洋行)の34mm径の被せ式を装着。そのままでは緩すぎて固定が不安定なため内側にテープを貼って径を合わせています。写真のように反射防止用のバッフル板が何枚も組み込まれた豪華仕様のフードで、実際の遮光効果も高そうですよね。
今回、何気なく取扱説明書を見ていたところ、折り込みページの被写界深度一覧の最上段に「f1.5」の項目があるのを発見して驚きました。ラプターのf1.5モデル(RAPAR 2INCH f1.5)はレンズ単体では稀に見かけることがあるものの、クラルス MS-35のヘリコイドに装着された個体にはまだ一度も出会ったことがなく、その存在自体を疑っていたのですが、最上位モデルとして販売されていた可能性も高そうに思えてきました。まあ、数は極少で入手は困難でしょうけど。
描写テスト
1:遠景を絞り開放とf8で
絞り開放。コントラストは低いものの、全体的にかなり均質な解像をしているのに驚きます
周辺減光も戦後間もない時期のf2クラスのレンズであることを考慮すれば軽微な部類かと
絞りはf8。開放時に見られたフレアや周辺減光が消えてすっきりした画面に。依然としてコントラストは低いままですが、濁りのない発色をするためか独特な抜けの良さを感じます
2:中景を絞り開放とf8で
絞り開放。このようなハイコントラストな光景を撮影しても、どこか眠たさを感じるような穏やかなトーンにしてしまうのが面白いところ。個人的には右上の青空の描写が好みですね
絞りはf8。ここまで絞れば文句なしの明快描写になります。70年以上も前に製造されたレンズとしては、発色といい、画面全体の緻密さといい、本当に良い写りをすると思います
3:近景を絞り開放とf4で
絞り開放。玉ボケの出やすいレンズだと思います。少し二線ボケの傾向が見られるものの、それが逆に面白い効果になっている気もします。グルグル感はそれほど強くない印象ですね
絞りはf4。開放から2段ほど絞っただけですが、後ボケも良い感じに整って端正な描写となります。半逆光気味での撮影ですが、画面内はそれほどハレっぽくもならず発色も鮮やか
ラプターで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※写真をクリックすると、より大きな画像(1920x1280)が表示されます
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい
–
大阪城にて
ラプターの恐るべき実力を思い知らされたのが、この大阪城を撮り歩きした際の写真でした
暗部描写が潰れずに残るため、画面に何とも言えない独特の雰囲気が漂います
一見甘い描写に見えますが、拡大すると煉瓦の一つ一つまでしっかりと解像しています
この絶妙なトーンと発色には撮影していて思わず声が出ました
突然の俄雨。ドラマチックな天候だったこともまた独特な雰囲気の一因かと
この撮影以降、ラプターやウォーレンサック製のレンズに対する認識が一変したんですよね
ここから先は大阪城以外の写真になります
背景が玉ボケだらけになっていますが、これはこれで面白い写りだと思います
こちらのカットも玉ボケだらけ。多少のクセはあるものの、あまりグルグルはしません
こういったロートーンな被写体を写した際の独特な雰囲気が好きです
大阪城の写真でもそうでしたが、光量の少ない場面で底力を発揮するレンズですね
コントラストが低いため、全体的にしっとりとした穏やかな写りになります
岡崎公園にあった旧市電を利用した案内所。残念ながら今は撤去されてしまいました
とにかく発色の良いレンズです。濁りや偏りは見られず、原色も鮮やか
アメリカ製のオールドレンズというと、コダック社のエクターばかりに人気が集中しているのが現状でしょう。ただ、同時代のライバルでもあったウォーレンサック社のラプターにも決してそれに劣らない性能が備わっていたことを忘れてはなりません。私はほぼ同じ時期に作られた47mmのエクター(Ektar 47mm f2/レチナ用)も愛用していますが、描写力はほぼ互角、どころかむしろラプターの方が優れている部分もあるように感じます。エクターはよく「発色が良い」と評されますが、ラプターはそれを上回る発色の良さを見せますし、絞り開放時の画像の均質性でも優位に立っていると思います。ただし、エクターには必殺の「開放時のフレア描写」があるので単純な優劣のみでの判断は付けられないところですが。
かく言う私も、最初のうちは「そこそこ写るレンズだろう」程度の期待しかしていなかったのは事実で、たまたま外出する際にカメラに装着していて撮り歩いた大阪城の写真で目から鱗が落ちたというのが正直なところ。意図せず知られざる銘玉を掘り当ててしまったような気分になり興奮したのを覚えています。日本国内では流通量が少なく出会える機会も少ないかと思いますが、ウォーレンサック製のレンズにももう少し光が当たってほしいですよね。