日東光学 / Kominar 1:3.5 28mm
コミナーの代表作
日東光学(現:nittoh)が1960年代の半ば頃に発売した広角レンズです。同社は長野県諏訪市に創業した製糸会社をルーツとする光学メーカーで、1950年代に入るとマミヤ、リコー、ワルツなどのカメラメーカーに自社ブランドであるコミナー(Kominar)レンズを供給するようになりました。ちなみにコミナーという名前は本社の所在地である諏訪市湖南(本来の読みは「こなみ」)に由来すると聞いたことがあります。1960年代以降は今回の28mmも含む一眼レフカメラ向けの交換レンズ群を発売したりもしますが、基本的には大手光学メーカーの下請けやOEM生産をメインとしていたようです。裏方には徹しつつも長年コツコツと積み上げた技術力は非常に高く評価されており、現在は主に工業用光学機器を生産するほか、人工衛星に搭載するレンズを開発したり、近年ではハッセルブラッド社の中判ミラーレスカメラの製造を担当することが発表されて話題になったりもしましたよね。
今回ご紹介するのは上述した1960年代に発売された一眼レフカメラ向け交換レンズ群の中の1本であり、このシリーズには以下の7本の焦点距離のレンズが揃えられていました。
・コミナー 28mm f3.5 -(6群7枚/レトロフォーカスタイプ)
・コミナー 35mm f2.8 -(5群6枚/レトロフォーカスタイプ)
・コミナー 85mm f1.8 -(5群6枚/ダブルガウスタイプ)
・テレ コミナー 105mm f3.5 -(4群5枚/エルノスタータイプ)
・コミナー 135mm f3.5 -(4群5枚/エルノスタータイプ)
・コミナー 200mm f4.5 -(4群4枚/テレフォトタイプ)
・コミナー 300mm f5.6 -(4群4枚/テレフォトタイプ)
これらは基本的に全てプリセット絞り/Tマウント交換式(105mmのみ例外でマウント固定式)というシンプルな構造のレンズで、この中で現在最も見かける機会の多いのが今回の28mmだと思います。そういう意味では代表的なコミナーレンズとも言えるでしょう。
初期のレトロフォーカスタイプの広角レンズらしく、開放値の割に前玉が非常に大きいのが特徴です。プリセット絞り式のレンズとしてはオーソドックスな鏡胴デザインで、表記文字のサイズや配色もバランスが良く、視認性・操作性ともに問題はありません。フィルター径は62mm、絞りはf3.5~f22まで不等間隔のクリック付き、羽根は8枚。絞り環の「f8」とピントリングの「3m」の部分が赤色に着色されており、両方をこの赤色数字にセットすればパンフォーカス撮影ができるようになっている点などはスナップ撮影用レンズとしての気配りを感じます。直進ヘリコイドによる繰り出しで、最短撮影距離は40cm。絞り開閉リングの外周に小さな突起が用意されていて操作が楽に行えるのも便利な点です。
マウント部分はTマウントとなっており、この部分を交換することでさまざまなメーカーのカメラに装着が可能です。コミナーでよく見かけるのは左に並べたm42、ミノルタSR、キヤノンR(FL/FD)マウントでしょうか。ニコンFマウントは相対的に少ない印象。ただ、Tマウントは共通規格ですので別のメーカーのものでも代用が効きますし、現在ではTマウントからミラーレスカメラ等へ直接変換できるマウントアダプターも市販されているため、対応マウントで困ることは特にないかと思われます。もちろんマウント面がギラギラメッキで、なぜかネジだらけなコミナーの純正マウントがあればそれが一番でしょうけど。
このレンズの後輩にあたるX-コミナー28mm f2.8を隣に並べてみました。開放値が半段明るくなっても、前玉や鏡胴のサイズはむしろずっとコンパクトになっているところにレンズ設計の進歩を感じますよね。X-コミナーは1980年頃にフジカAXシリーズ用の交換レンズとして用意されたもので、他には135mm f2.8というモデルもあります。同じレンズがX-フジナー(X-FUJINAR)という名前でも販売されていたりして、当時の日東光学と富士写真フイルムが非常に緊密な関係にあったであろうことがうかがわれます。
レンズ構成は典型的な初期型のレトロフォーカスタイプですね。トレース元の取扱い説明書には絞りの位置が示されていませんでしたが、3群目と4群目の間で間違いないでしょう。
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何の変哲もない古くて地味なマイナーブランドの広角レンズですから、現在の中古市場での相場もたいへんお安くなっており、状態を気にしなければ5000円前後で入手することも可能です。私の所有する個体は革ケース付きのほぼ未使用品を4000円で購入していて、お店の札には「クモリあり」と書かれていたものの、表面を拭いたらあっけなくクリーンになってしまったのはラッキーでした。コミナーは光学系が致命的な状態になっているものは比較的少なめな印象ですが、絞りの故障を何度か見かけたので、そのあたりは要注意かと。
知られざる?覆面アイテム
ただの地味な広角レンズかと思いきや、実はこのコミナー、専用フードが格好いいんです!
しかし残念なことにこのフードが全く出てきません。別売り扱いの商品だったため購入者が少なかったのでしょう。私もレンズを先に入手した後、かなりの時間を掛けて探しました。
レンズ自体はそこまで珍しくもないのですが、このフードの存在を知る人は案外少ないかもしれません。まさに「地味で真面目な人物が実は覆面ヒーローだった」みたいな驚きです。
レンズの先端に被せるように装着し、側面のネジで締め付け固定します。絞り指標の赤点が見えるようにフード側に切り欠きが入っており、この赤点と切り欠きを合わせることによりフードを正位置で固定できる仕組みです。もちろん固定位置は調整が可能なので、他社製のTマウントやm42マウントのねじ込み等でレンズの固定角度がずれたりした時も大丈夫。
この28mm用のフードが特に目立ちますが、コミナーのアクセサリー類はレンズの種類に関係なくどれも非常に真面目な作りをしていて、各焦点距離ごとにデザインの違うフードが用意されているのはもちろん、上の写真のようにレンズケースには必ずそのレンズの名前が型押しされているんです。そう考えると、28mm用のフードも別に奇を衒ったデザインなわけではなく、真剣に遮光効果を追求していった結果こうなっただけなのかもしれません。
このタイプのフードは国産レンズでも他にいくつか採用例があって、コミナー以外だと
・オート ミランダ 25mm f2.8用(写真上)
・RE オート トプコール 2.5cm f3.5用(写真右)
・RE オート トプコール 20mm f4用
・AR ヘキサノン 21mm f4用
あたりが有名でしょうか。ただ、これらはいずれも25mmよりも広角域のレンズであり、28mmでの採用例となるとコミナー以外に思い当たりません。まあ、当時は28mmでも「超広角」(と説明書に書いてある)でしたから、感覚的には同じだったのかもですけど。
描写テスト
1:遠景を絞り開放とf8で
絞り開放。画面全体でかなり均質に解像しています。前玉が大きいレンズなので周辺減光も軽微な部類。この時代の28mmレンズの開放描写としてはかなり優秀な方だと思います。
絞りはf8。周辺減光もなくなり全体的に締まりのある画像に。個人的に歪曲収差はあまり関心がないので何とも言えないところですが、それ以外は全く問題のない写りと言えます。
2:近景を絞り開放とf8で(その1)
絞り開放。合焦部分の解像度は開放からかなり高いと思います。このカットでは後ボケにもそれほど強いクセは感じられませんし、周辺減光がほど良い効果になっている気もします。
絞りはf8。素晴らしい写りだと思います。初期のレトロフォーカスタイプのレンズに共通する特徴ですが、近距離の被写体を少し絞って撮ると独特な質感が出て面白いんですよね。
3:近景を絞り開放とf8で(その2)
絞り開放。非点収差があるようで、このような煩雑な背景をボカすと弱いグルグルが見られます。それ以外には特に目立つクセもなく、状況によっては気になるかな?といった程度。
絞りはf8。ここまで絞れば後ボケの乱れも気にならなくなります。コントラストがあまり高くないこともあってか、暗部が少し浮くような感じでメリハリにはやや欠ける印象です。
4:歪曲収差
初期のレトロフォーカスタイプの広角レンズということで、歪曲収差も確認してみました。
陣笠タイプと思われる歪みが出てはいますが、その程度は軽微で優秀な部類ではないかと。
コミナーで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※写真をクリックすると、より大きな画像(1920x1280)が表示されます
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい
コミナーレンズに共通する特徴ですが、とにかく写りが素直で変なクセがありません
コントラストが中庸で、むやみに解像力を追求しないバランス型なのもコミナーの特徴
シャドー部の締りはいま一つ。ハイライトはそこそこ粘ります
いかにもバランス型、といった感じの優秀な写りですね
開放からこれだけ写ってくれるなら文句ありません
後ボケが少しザワザワしています
煩雑な背景を選ばなければ後ボケの乱れも目立ちません
少し絞れば遠景も隅々までよく写ります
友人に誘われ甲子園で「伝統の一戦」を観戦。放送席の真後ろの特等席でした
友人はスコアを付けながら観戦する筋金入りの野球ファン
宴の後…
日東光学のコミナーというレンズは、その外観から写りまでとにかく自己主張をしません。
良質な画像を生み出すために真面目に黙々と働き続ける職人さんみたいなところがあって、性能面でもキリキリのシャープさとか、目の覚めるような発色なんてものには目もくれず、全体のバランスを重視した堅実な描写を追求している印象を受けます。逆に言うと、それは撮影者を補佐してくれるような独自の個性とか隠し味みたいなものを一切加味しないということでもあり、写真の出来の良し悪しは全て撮影者自身の腕に左右されるという、ある意味とても怖い特性であったりもします。そんな地味で真面目なコミナーレンズの中に一本だけちょっと異質な、いや、普段の容姿は間違いなくコミナーそのものなのに、特殊アイテムの装着で大変身する覆面ヒーローが紛れ込んでいるだなんて意外性があって面白いですよね。
しかもその肝心の特殊アイテムが現在では幻となっていて、この28mmレンズの真の姿を知る人の数は少ない…なんてところもまた覆面ヒーロー感に拍車をかけている気がします。
専用フードの入手はなかなか大変でその時の運次第なところもありますが、レンズのみなら中古市場で見かける機会もそれなりに多いため手頃な価格のものが見つかるかと思います。写りはとても素直で状況を選ばず安定していますが、一方で際立った個性には欠ける一面もありますから、誇張のない真面目な描写を求める方、あるいは無駄な味付けのないレンズで腕試しをしたい方などにもお勧めしたいですね。個人的にコミナーレンズは大好きなので。