小さな異端者 / トミノール Tominor 50mm f2.8

富田光学 / Tominor 2.8/50mm

 

ローヤル35の標準レンズ

このレンズは1955年にローヤルカメラ(Royal Camera)から発売されたローヤル35(Royal 35)というカメラ用の標準レンズになります。その「トミノール」という名前から「富岡光学製である」などと間違った解説がされていたりしますが、発売当時の雑誌広告によると「富田光学製」が正しいようです。この富田光学というのは戦前から東京光学で活躍し、シムラー(Simlar 5cm f1.5)などを設計したことでも知られる富田良次氏が東京光学を退社後に興した会社であるとの記述を見かけますが、同メーカーの製品はローヤルカメラ社以外に供給された形跡がないため、どれだけ実態のあった会社なのかは謎も多いのだとか。あるいは光学設計のみを富田氏が行い、製造は外部に委託していた可能性も考えられます。
なお、ローヤル35シリーズの後期モデルには富岡光学製のレンズ(Tominon 45mm f1.9)が装着されている個体もあるらしく、それがこの問題をより複雑にしているみたいですね。

ローヤル35とトミノール50mm f2.8
ローヤル35とトミノール50mm f2.8

ローヤル35はレンズシャッター式のレンジファインダーカメラですが、なぜかシャッターユニットがボディ側に内蔵されたビハインドシャッター方式を採用しており、レンズ全群が取り外せるようになっています。このため「当初はレンズ交換式が予定されていた」などと言われることもあるのだけど、結局その交換レンズが販売されることはなかったようです。

カメラボディのデザインはニコンS2(Nikon S2)あたりとよく似ていて、ニコンS型ではピント調整ギヤのある場所がシャッター速度ダイヤルになっています。これは単に外観的な意匠の模倣というだけでなく、将来的にアクセサリーシューに装着した露出計と連動させるための機構であったとも考えられ、それを見越してわざわざビハインドシャッター式が採用されたのかもしれません。ただ、その露出計が実際に製品化された様子はないのですが…。

また、ピント調整用のヘリコイドもボディ側に内蔵されており、取り外したレンズ部分には絞り以外の機構は何も付いていません。この形式のレンズ交換式レンジファインダーカメラにはコンタックスやニコン、それからフォクトレンダーのプロミネントなどがあるものの、いずれも50mm以外のレンズを距離計連動させるのに複雑で大掛かりな機構を必要としており、このローヤル35が本当にレンズ交換式を予定していたのかは疑問を感じます。私は同カメラを上級機のローヤル35S(トミノール50mmf2付き)も含め複数台所有していますが、どんなにレンズをひねっても外せない個体があるため、その疑念がより強いですね。もしかすると標準レンズを別の明るさのものに交換できる、程度の機能だったのでは?

外観①
外観①

上記のようにヘリコイドがカメラボディ側にあるため、取り外したレンズ部分は絞り以外に何もない非常に簡素な作りで、外観はとても小さくて軽量です。フィルター径は37mmの被せ式、絞りはf2.8~f22まで不等間隔のクリックなし、羽根は10枚。カメラ側のヘリコイドは直進式による繰り出しで、最短撮影距離は2フィート(約60cm)。なお、このレンズには少量ながら後期型が存在し、そちらはフィルター径が40.5mmへと変更されて、上位モデルの50mmf2(Tominor 50mm f2)と口径が統一化されています。

外観②
外観②

カメラへの取り付けネジ径は33.5mm(0.75mmピッチ)。後述するように何点かの変換リングやヘリコイドアダプターを組み合わせることによりミラーレスカメラでの使用が可能となりますが、光学系の状態が良くない個体が多い印象なので購入時には要注意です。

Tominor 50mm f2.8
Tominor 50mm f2.8

このトミノール最大の特徴と言えるのがその特異なレンズ構成。基本形をヘリアータイプとしながらも、絞りが標準的な2群目と3群目の間ではなく、1群目と2群目の間に置かれているのです。そんなことは大した違いではないと思われるかもしれませんけど、世の中には「テッサータイプとエルマータイプは全くの別物である!」と声高に主張される方もいますので、その意見を尊重するならこのトミノールもヘリアータイプと異なる独自のレンズ構成と呼べるのかもしれません。まあ、重要なのは分類よりもその写りの違いなんですけどね。

それにしても、定評のあるヘリアータイプの基本形にわざわざ手を加えてしまっているわけですから、そこには設計者の何か強いこだわりがあったように思えてならないんですよね。上位モデルの50mmf2も同様にダブルガウスタイプにもう1枚レンズを足した5群7枚という贅沢な光学設計となっており、これらの設計が実際に富田良次氏によるものであったとするなら、「トミノール」というレンズは名設計者と謳われた彼がその独自の光学理論によって導き出した標準レンズの理想形だったのでは?…なんて妄想が膨らんでしまいます。

Tominor 50mm f2.8 / Topcor 5cn f2.8
Tominor 50mm f2.8(左)/ Topcor 5cn f2.8(右)

東京光学のトプコール 5cmf2.8Topcor 5cm f2.8)を隣に並べてみました。こちらは基本形通りのヘリアータイプを採用しており、しかも設計者は富田良次氏の東京光学時代の後輩にあたる霧島正氏なのだそうで、何らかの関係性がありそうな気もしますよね(発売はトミノールの方が2年ほど早い)。トプコールはライカLマウントのレンズの中でもかなりコンパクトな部類に入ると思うのですが、こうして並べるとヘリコイドのないトミノールがいかに小振りなのかが分かります。ネームリングの文字表記が逆さまなのも面白いですね。

使用例①
使用例①

ミラーレスカメラ(ソニーEマウント)での使用方法の一例としましては、

30mm→33.5mmのステップアップリング
M30×0.75mm(メス)→M42×1mm(オス)の変換リング
17mm~31mmのヘリコイド付きアダプター(M42→M42)
厚さ1mmほどの薄手のM42→ソニーEマウント変換リング

以上4点の組み合わせで、ややオーバーインフにはなるものの無限遠~30cmくらいまでの撮影が可能となります。この中で①③④は比較的簡単に入手することが可能なのですが、だけは国内での流通がなく、私は海外から購入しました(eBayで「m30x0.75 m42x1」と検索すれば出てきます。注意点はネジのピッチで、M30側が×0.75、M42側が×1のものにすること。また無限遠が出しやすいように薄手のものを選ぶのもコツでしょうか)。

使用例②
使用例②

上のを組み上げ、そこに小西六のコニフード(Konihood/37mm径の被せ式)を装着してみました。ちなみにこのフードは以前のレンズフード特集の時に内面反射防止加工を施した個体です。トミノールとの相性はバッチリで、まるで専用フードみたいな一体感。

 

描写テスト

1:遠景を絞り開放とf8で

遠景/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

絞り開放。淡いフレアが出ているものの、画面の周辺部までかなり細やかに解像しており、光量落ちは気にならないレベル。発色に濁りや偏りは見られず、色乗りも悪くありません。

遠景/絞り:f8

合焦部分の拡大画像

絞りはf8。フレアも消えて、隅々まで緩みのない整った画像となります。コントラストがあまり高くないこともあってか、力強さというよりは線の細い緻密さを感じる描写ですね。

2:近景その①:絞り開放とf5.6で

近景①/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

絞り開放。合焦部分はよく解像しており、そこにフレアが乗るため繊細で優しい印象を受けます。後ボケには特に目立つクセも見られず、形を残すやや重めのボケが特徴でしょうか。

近景①/絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像

絞りはf5.6。少し絞ることで画面全体が締まるものの、それほど硬調にはなりません。また、ハイライト付近のトーンが豊かで、このような場面でも立体感のある写りをします。

3:近景その②:絞り開放とf8で

近景②/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

絞り開放。玉ボケが出やすいレンズだと思います。輪郭部分に少し太めのエッジが立つためバブルボケに見えなくもありません。背景との距離に関係なく後ボケは安定していますね。

近景②/絞り:f8

合焦部分の拡大画像

絞りはf8。絞り込んだ時の見事な描写力は、やはり基本形がヘリアータイプであることに由来するのでしょうか。また、暗部が締まりすぎず諧調が残るのもこのレンズの特徴です。

 

 

トミノールで撮ってみる/カメラ:SONYα7

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北野天満宮①
北野天満宮/絞り:開放

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開放から安定感のある描写をするレンズだと思います

 

北野天満宮②
北野天満宮/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

玉ボケが出やすいレンズなので、こういった条件で撮るのは楽しいですね

 

五条児童公園
五条児童公園/絞り:f5.6

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ハイライト付近のトーンが豊かで、質感描写が素晴らしいです

 

鴨川①
鴨川/絞り:開放

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少しハレっぽくなるものの、逆光にはそこそこ強い印象を受けます

 

鴨川②
鴨川/絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像

 

 

祇園宮川町
祇園宮川町/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

暗部が締まらない描写は好みが分かれるかもしれません。個人的には好きなのですが…

 

八坂庚申堂前
八坂庚申堂前/絞り:開放

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八坂神社
八坂神社/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

コントラストは低めですが意外と抜けは良く、発色も鮮やか

 

建仁寺
建仁寺/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

祇園白川①
祇園白川/絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像

ヘリアーの系譜らしく、少し絞った時にその実力を発揮するようです

 

祇園白川②
祇園白川/絞り:開放

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金戒光明寺①
金戒光明寺/絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像

階調が豊かで、立体感のある穏やかな写りをしてくれます

 

真如堂①
真如堂/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

金戒光明寺②
金戒光明寺/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

真如堂②
真如堂/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

円山公園
円山公園/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

岡崎円勝寺町①
岡崎円勝寺町/絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像

 

 

岡崎円勝寺町②
岡崎円勝寺町/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

小諸 懐古園①
小諸 懐古園/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

小諸 懐古園②
小諸 懐古園/絞り:f8

合焦部分の拡大画像

発色の良さはなかなかのもの。硬調になりすぎない点も好印象ですね

 

小諸 懐古園③
小諸 懐古園/絞り:開放

合焦部分の拡大画像

 

 

小諸 懐古園④
小諸 懐古園/絞り:f5.6

合焦部分の拡大画像

こういったシーンでは暗部の潰れない描写に救われている気がします

 

佛光寺
佛光寺/絞り:f8

合焦部分の拡大画像

 

 

レンズシャッター機の中口径の標準レンズにヘリアータイプを採用している時点でもう既に何らかの強いこだわりを感じるのに、その上でさらに基本形の構成を崩してくるというのは明らかに設計者の独自の思想が反映された結果のようにしか思えません。この上位モデルにあたる50mmf2の異様なまでに贅沢なレンズ構成のことも併せて考えると、どうしても「トミノールは富田氏が理想を追求したレンズだったのでは?」という妄想が強まります。

ここで最も興味を惹かれるのは、やはりヘリアータイプの基本形との写りの違いでしょう。前出のトプコールと比較をするなら、まず開放描写ではトミノールの方が優れていると私は思います。緻密で繊細な解像感とクセの少ない後ボケ、コントラストは低いながらも安定感のある写りをするんですよね。その一方でトプコールは線が太い描写で後ボケも乱れがち、やや大雑把で緩い印象を受けてしまいます(まあ、開放時には絞りの位置は関係ないので、単に設計理念の違いかもしれませんけど)。次に絞り込んだ時の描写ですが、これは好みが大きく分かれそうです。トプコールはf8あたりまで絞ると階調豊かで秀麗な写りとなって文句の付けようがありません。一方、トミノールも同様に階調豊かな描写とはなるものの、暗部が締まらないという特徴があるために被写体の向き不向きが出てくるかと思われます。

つまり、絞り込んで使うことに限定するのならトプコールがお勧めで、開放付近でも使える万能さと暗部の締まりすぎない描写が好みに合うのであればトミノールがお勧め、といった感じになるでしょうか。たった2本の比較では何の参考にもならないことは分かっていますが、名設計者が基本形を崩してまで追求した描写とはいったい何だったのか?そんなことを考えながらこの小さなレンズで撮り歩くのもなかなか楽しいことではないかと思うのです。

国産レンズ

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