三協光機 / KOMURA- f=80mm 1:1.8
コムラーレンズ
三協光機は、1950年代~1970年代にかけて「コムラー」や「コムラノン」のブランド名で良質な交換レンズ群を安価に供給することで高い人気を誇った実力派レンズメーカーです。
ライカLマウント用レンズから一眼レフ、中判、大判に至るまで幅広いフォーマットに対応する製品を手掛け、その設計・製造技術への評価は高かったと聞きます。各種単焦点レンズからズームレンズ、さらに焦点距離を2倍にする「テレモア」という商品でも有名でした。詳しい理由は不明ですが1980年に突然倒産し(労働争議とも)、その姿を消しています。
多くのブランド名がそうであるように、この「コムラー」も創業者の名前(小村さん?)に由来して付けられたのかと思いきや、三協光機の社長の名前は「小島さん」だったそうで、専務の「稲村さん」と一字ずつを足し合って出来たブランド名が「コムラー」なんだとか。
面白いのは、その表記が「KOMURA–」となっている点。社名部分には「Sankyo Kōki」と普通の長音記号を使っているのに、レンズ名の末尾は「ー」で伸ばされているのがなんともユニークです。ただ、同時期の製品でもこの「ー」は付いたり付かなかったり、「光機」は「Kōki」と「Kohki」の2種類があったりと、表記が一定していません(国内用と輸出用の区別かと思って調べてみたのですが、規則性のようなものは発見できませんでした)。この表記面におけるバラつきは、最終的に「KOMURA」と「KOHKI」で統一されたようです。
中級クラスのレンズを主力に純正品よりも手頃な価格で供給することを得意としたメーカーですが、その製品の中には少数ながらもかなり意欲的なスペックのレンズが含まれており、今回の 80mm f1.8もその内の一本です。他には 85mm f1.4/100mm f1.8/105mm f2 などの大口径レンズが存在し、いずれも1960年前後に集中的に発表されていることから、一眼レフカメラ時代の到来を機に、技術力の高さを誇示する狙いで開発されたものかもしれません。
明るい中望遠レンズ
80~90mmを中心とする中望遠レンズは、現在ではポートレート用・マクロ用として非常に人気があります。しかし、かつてこの焦点域のレンズにはそれほどの高い需要がありませんでした。「標準レンズ付きのカメラを購入した人がまず最初に揃えるべきは、28/35mmの広角レンズと100/135mmの望遠レンズである」という風潮が強くあって、85mmクラスの中望遠レンズはそれ以降の選択肢、よほど経済的に余裕のある人でないと買えない趣味性の高いレンズだとされていました。女性ポートレート写真が「婦人科」などと呼ばれて軽んじられていた影響もかなり残っていたようです。これは、中古市場で見られる中望遠レンズと望遠レンズの数の比率(圧倒的に中望遠レンズの方が少ない)からも理解できるでしょう。
このコムラー 80mm f1.8が発売されたのは1957年。そういった時代背景を考えると、かなり冒険的なレンズであったことが分かります。この後、さらに明るい 85mm f1.4というレンズも発売していますが、結局はどちらもあまり売れませんでした。ちょっと時代の先端を行き過ぎていたのかもしれませんね。レンズメーカーの製品への評価が「安かろう悪かろう」で総じて低い時代だったので「高級レンズだけは純正で」と考える人も多かったのでしょう。
レンズの外観です。標準レンズ並にコンパクトな鏡胴で、プリセット絞り、距離環の数字はフィート表記。この個体はM42マウントですが、ライカLマウント、ニコンSマウント、コンタックスマウント、エキザクタマウントなどもあり、それぞれ外観がかなり違います。
レンズ構成は4群5枚のエルノスタータイプ。最後の4群目が貼り合わせになっています。
これとよく似ているのが旭光学のオートタクマー(Auto-Takumar 85mm f1.8/1960年)とスーパータクマー(Super-Takumar 85mm f1.9/1964年)で、スペック/レンズ構成ともにコムラーと類似しており、撮られた写真を見る限りでは描写傾向も近いように思われます。ただし、同じタクマーでもオートタクマーの前モデル(Takumar 83mm f1.9)と、スーパータクマーの後モデル(SMC Takumar 85mm f1.8)は、これとはレンズ構成が異なります。
外観はコンパクトですが、さすがに開放値が明るいだけあってレンズがフィルター枠の内側ギリギリいっぱいまで詰まっています。鏡胴の造りも非常にしっかりとしていて、ズッシリとした重みを感じます。フィルター径は48mm。専用品ではありませんが、同じコムラーの望遠レンズ用フード(おそらく100~105mm用?)で代用しています。ケラレは出ません。
フードを装着した状態です。こうすると、さすがに中望遠レンズらしい姿に見えますよね。このフードは根元部分が分割でき、シリーズフィルターを挟める構造になっています。薄枠の49mmフィルターを裏返しに入れることで代用可能だったりしますが(ガタが出る場合はフィルター枠の側面にテープを貼ります)、あくまでも自己責任で行うようにして下さい。
コムラーで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
絞り開放。コントラストは低くてフレアも出ますが、この夢を見るような描写が好きです。
絞り開放。こういった状況では、コントラストの低さが絶妙な雰囲気を演出したりします。
絞りはf2.8。もう少しメリハリの欲しい場面ですが、こんなしっとり感も良いですね。
絞りはf4。ポートレート用レンズらしく、これくらいの距離での描写が一番安定します。
絞りはf2.8。絞り羽根が12枚もあるため、ボケの輪郭部は丸い状態が維持されます。
絞り開放。とにかく全体的に甘い!でも、このはんなりした写りが被写体と合っています。
絞り開放。出ました!このレンズ独特の玉ボケです。画面周辺部は口径食で変形しますが、その変形部の輪郭が溶けるように消えるため、私は勝手に「クラゲボケ」と呼んでいます。
絞りはf4。後ボケはやや硬めで形を残しますが、乱れたりはせず素直に崩れて行きます。
絞り開放。フレアとクラゲボケの競演です。全体的には意外とスッキリしているイメージ。
絞りはf2.8。ちょっと甘い感じはするものの、合焦部を拡大すると解像はしています。
絞りはf2.8。少し絞るだけでも、このような条件ならフレアはほとんど発生しません。
絞り開放。前回のフジノンほどではありませんが、穏やかなフレアが全体を淡く包みます。
絞り開放。点光源はクラゲボケになります。形が残るボケも、このような場面では好印象。
絞り開放。解像度は望むべくもない状況ですけど、空のトーンなどは綺麗に出ていますね。
絞りはf4。あまり遠景を撮るようなレンズでもないですが、別に悪くはないと思います。
絞りはf4。こちらも遠景。個人的にはこれくらい解像していれば特に不満はありません。
さて、いかがでしたでしょうか。かなりお気に入りのレンズなので、写真もやや多めに掲載してみました。開放での淡いフレアと独特の玉ボケ、少し絞って撮った時の穏やかなトーンなどが、私の好みにぴったり合うんですよ。知名度が低い、というかほぼ無名のレンズではありますが、なかなかの個性派であり実力派だと思います。コンパクトなのも良いですね!
織物提供:小岩井紬工房
美しい作品とレンズの歴史の記事、楽しく拝見しました。
レンズのコレクターではありませんし、正直ほとんど知らないのですが、
このレンズの描写、すごく好みです。
そう簡単には手に入らないようなので、深く考えないようにします(笑)
YT様
コメントを頂きありがとうございます。
私も、このレンズの少しおっとりとした柔らかな描写が大好きなんです。
国内や海外のインターネットオークションなどを見てみますと
とんでもない価格で出品されていたりして驚かれるかもしれませんが、
じっくり探せば4~5万円ほどで入手することも可能ではないかと思います。
生産本数も少なくほとんど無名のレンズではあっても、
運が良いとこういった良玉に出会えてしまうのがクラシックレンズの醍醐味なんですよね。