KOWA / LM50LF 50mm f2.8
KOWA / LM50-IR 50mm f1.9
KOWA / LM65-IR 65mm f1.9
興和製の産業用レンズ
以前 COSMICAR 50mm f2.8 という産業用レンズをご紹介しましたが、今回取り上げるのは興和(コーワ)が製造した産業用レンズになります。こちらも前回と同様にラインセンサ用として作られたシリーズであるためイメージサイズが例外的に大きく、フルサイズをカバーしています(一般的な産業用レンズではCマウント等の小さなイメージセンサ用が主流)。
・LM50LF 50mm f2.8(ニコンFマウント/写真中央)
・LM50-IR 50mm f1.9(m42マウント/写真左)
・LM65-IR 65mm f1.9(m42マウント/写真右)
こちらが今回ご紹介する3本です。
まず写真中央がLFシリーズの一本で50mm f2.8。同シリーズには広角の28mmや35mmもあって、マウントはニコンFとTFL-Ⅱ(工業用のカメラマウント)に対応。まだ現行の製品らしく、メーカーのサイトに専用ページがあるのでそちらをご参照下さい。
次が写真左の50mm f1.9。こちらはIRシリーズの一本で、その名前(IR)が示すように可視光だけでなく近赤外線域での撮影にまで対応したレンズのようです。マウントはm42とニコンFの2種類。メーカーのサイトに単独の紹介ページはあるものの、なんだか内容が薄味というか、売る気がなさそうな感じがします。あまり需要がない商品なのかな?※リンク切れのため再確認したところ、もうこの商品の紹介ページは存在しないようです。
最後が写真右の65mm f1.9。こちらもIRシリーズの一本で、対応マウントは同様にm42とニコンFの2種類。ただ、この製品は既に国内での販売が終了してしまったのか、現在メーカーのサイトには紹介ページがありません(海外向け販売サイトには出てくるので輸出専用品なのでしょうか?以前は国内向けのページもあったと記憶しているのだけど)。
※ちなみに、興和製の産業用レンズにはこれ以外にも「IR」という名前の付く製品が存在しますが、それらは基本的に小さなイメージセンサ用なのでフルサイズはカバーしません。
それでは1本ずつもう少し詳しく見ていきましょう。
LM50LF 50mm f2.8
前玉と後玉の様子。この個体はニコンFマウントで、ご覧のように後玉が突出している構造のため一眼レフカメラだとミラーに干渉しますが、マウントアダプターを介してミラーレスカメラへ装着すれば撮影は可能です。フィルター径は52mmで、最短撮影距離は0.4m。絞りはf2.8~f22まで不等間隔のクリックなし、羽根は10枚。前回の COSMICAR と比較すると同一スペックながら外観はかなり細長く、金属鏡胴のため高級感はあるものの、最短撮影距離が及ばない点( COSMICAR は0.25m)は残念ですね。どちらのレンズにも共通するのはピントリングの回転角の小ささで、開放時のピント合わせには気を遣います。
上が無限遠時で、下が最短撮影距離(0.4m)まで繰り出した時の様子。直進ヘリコイドによる全群繰り出し(フローティング機構があるかどうかは不明)、鏡胴先端部側に段付きの幅広なピントリングがあって、マウント基部側が絞り環。製品の名称はどこにも書かれておらず、側面に焦点距離と開放F値が表示してあるのみ。さらに「Kowa」のロゴマークに至ってはなんとシールを貼ってあるだけ。産業用とはいえこの簡素さには驚かされます。
LM50-IR 50mm f1.9
このレンズの前玉は表面が凹んでいます。最近の高性能標準レンズだとよく見かける形ではあるものの、望遠レンズみたいな長い鏡胴の先端に広角レンズみたいな凹んだ前玉、しかし中身は標準レンズ…なんて少し頭が混乱しますよね。この個体はm42マウントで、やはり後玉が突出しているため一眼レフカメラだとミラーに干渉すると思います。フィルター径は52mm、最短撮影距離は0.5m。絞りはf1.9~f16まで不等間隔のクリックなしで羽根は8枚。IRシリーズはLFシリーズとは違ってピントリングの回転角が大きく取ってあるので、ピント調整が普通のレンズのような感覚で出来て助かります。もちろんリングの表面はローレットも何もないツルツルな状態なので操作感が良いとはとても言えませんが。
上が無限遠時で、下が最短撮影距離時(0.5m)。LFシリーズとは各リングの並び順が逆になっていて、ボディ側にピントリング、先端部側に絞り環が配置されています。形状が似ている上に間隔も近いため、ピントを合わせようとして誤って絞り環を回してしまうこともしばしば。一応は後述するような対処法があるものの、もともと写真撮影用に設計されたレンズではないため、操作性の良し悪しを云々するのはお門違いな話なのかもしれません。
直進ヘリコイドによる全群繰り出しで、ピントリングの回転角は一周弱(300度)ほど。
このIRシリーズにも製品の名称表記がありませんが、ロゴはシールでなくプリント仕様。
LM65-IR 65mm f1.9
前掲の2本は細身でやや地味な印象を受けるレンズでしたが、この65mmは前玉も大きく存在感のあるデザインです。m42マウントの個体で、後玉の突出量は50mm f1.9とほぼ同じ。フィルター径は67mm、最短撮影距離は0.7m。絞りはf1.9~f16まで不等間隔のクリックなしで羽根は8枚。鏡胴の先端部がひと回り大きく広がっていることもあり、使用感としては200mm前後の中口径レンズで撮っているような気分になります。
直進ヘリコイドによる全群繰り出しで、各リングの配置は50mm f1.9と同じ。なのでやはり誤操作しやすいです(ピントリングにラバーでも貼ればまた違うのでしょうが…)。
以前に見た仕様書によれば、このレンズは9群11枚構成とのこと。かなり凝った光学設計のようで、たしかにガラスがたっぷり詰まった感じのズッシリと持ち重りのする鏡胴です。
固定用ネジ
COSMICAR もそうでしたが、産業用レンズなので過酷な環境(振動の多い場所など)でも設定値を保持できるように絞り環とピントリングには固定用のネジが備わっています。このネジを上手く活用することにより(例えば絞り値を設定した後にネジで固定すれば、あとは鏡胴上で動くパーツはピントリングだけになるため)、誤操作を防止することができます。
なお、付属するネジは2本ですが、絞り環とピントリングにはそれぞれ2ヶ所ずつ固定用のネジ穴があるので(写真では見えませんが、90度ほど離れた場所にもう一つあります)、どちらか片方のネジを外し、一つのリングを2本のネジでより強固に固定するなんてことも可能(私は絞り環を2本のネジで固定、ピントリングをネジなしのフリーにしています)。
これらレンズの入手方法ですが、私の場合は3本ともeBayでアメリカの出品者から購入しました。これまでの経験では、国内よりも海外のサイト(eBay等)で探した方が見つかることが多い気がしますね(とはいっても、そう頻繁には出てこないのだけど)。相場としては、私が見かけた範囲内で述べますと、LM50LF 50mm f2.8が60~100$前後、LM50-IR 50mm f1.9が100~180$前後、LM65-IR 65mm f1.9はほとんど出てこないため不明ですが、私はデッドストック品らしき個体を250$ほどで入手しています。一方、国内においては出現が稀なこともあってか海外ほど相場は定まっておらず、異様に高価だったり、逆に驚くほど廉価だったりなんてことも。まあ、産業用製品なので一度にまとまった本数が市場に出てくる可能性もあり、そういった時が狙い目かも。
遠景描写テスト
それぞれのレンズを絞り開放とf8とで遠景撮影し、その描写を比較してみました。
LM50LF 50mm f2.8
絞り開放。次の絞ったカットと比べると分かりますが、周辺減光がほとんど感じられません
※恥ずかしながら少し前ピン気味で撮ってしまい、等倍表示時の画像が甘めになっています
絞りf8。当然のことながら画面の隅々まで鮮明に解像していますし、発色もニュートラル
この種の産業用レンズに共通する特徴のようですが、コントラストはあまり高くありません
LM50-IR 50mm f1.9
絞り開放。周辺減光が見られます。明るいレンズとはいえ、これはちょっと意外でしたね
絞りf8。ここまで絞っても、画面の四隅には僅かな陰りが残ります。フルサイズの対角線(43mm)に対して、イメージサイズが43.3mmとギリギリなのが原因でしょうか?
LM65-IR 65mm f1.9
絞り開放。このレンズにも周辺減光が見られます。一般的な写真撮影向けに設計されているわけではないので、もしかするとカメラ側のセンサーとの相性なんかもあるかもしれません
絞りf8。絞れば四隅まで全く問題がなくなります。全体的に緻密で誇張のない写りですね
3本のレンズで伏見稲荷を撮ってみる/カメラ:SONYα7
COSMICAR の時と同様に、今回も伏見稲荷の撮影に3本のレンズを持ち出してみました。もっと他に適切な被写体があるのではないかとは思いつつ、個人的にこういった高精細かつ誇張のない写りをするレンズを手にすると、どうしても伏見稲荷を撮りたくなるのでして…
※写真をクリックすると、より大きな画像(1920x1280)が表示されます
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい
LM50LF 50mm f2.8
やはりピントリングの回転角の小ささが使用上のネック。そのため撮影枚数は少なめです。
少し明るめに撮っているとはいえ、暗部が潰れないのはさすがです
ハイライトは暗部に比べると飛びやすいかもしれません。前ボケは自然ですね
後ボケにも目立ったクセは見られないものの、若干硬めな印象を受けます
こういった描写はコントラストが低めなレンズならではでしょうか
玉ボケには少しクセがあるように感じます
開放時に画面の隅でピントが来るのは、古いレンズばかり使っている自分には新鮮です
ハイライトと暗部の境界部分に若干の偽色の発生が見られます
LM50-IR 50mm f1.9
開放値が明るいこともあってか、LFの50mmよりずっと使いやすいレンズに感じます。
ネコの写真ばかり撮っていますが、ご容赦ください(好きなもので…)
このレンズの後ボケには独特の雰囲気があって面白いです
油彩画調の後ボケとでも言いましょうか…
前ボケは特にクセもなく自然だと思います
産業用レンズという性格上、近接撮影時には特に力を発揮するようです
他ではあまり見られない不思議なボケ味は、逆に魅力の一つかもしれません
ぎりぎりで潰れない暗部描写こそ、このレンズの真骨頂なのかも
LM65-IR 65mm f1.9
個人的に65mmという焦点距離が好みに合うため、使っていてとても楽しいレンズです。
前ボケも後ボケも自然で、滑らかな写りをします
玉ボケは輪郭が立たず、全体的に柔らかい印象
明暗差があるシーンの描写はお手の物ですね
奥行き感のある被写体を積極的に撮りたくなります
あまり寄れるレンズではありませんが、尖鋭な合焦部分とボケのバランスが良い感じ
周辺部の玉ボケの崩れ方に少しクセがあり、これはあまり好ましくない部分でしょうか
低照度下でこれだけの立体感が出せるのは見事だと思います
ローキーな場面での写りには絶対的な信頼感があります
今回の3本のレンズが一般的な写真撮影に利用可能か?と問われたら、私は「十分に可能」だと答えます。さすがに鏡胴の構造に由来する使いづらさは如何ともしがたく、それなりの慣れは必要となるものの、もともと数値面で見た光学性能は折り紙付きなので、間違っても「写りが悪い」という結果にはなり得ません。ただ、問題なのはその「写り」の方向性で、一般的に我々が「きれい」だと感じる写真というのは、適度にメリハリの効いた、言い換えればコントラストや彩度を持ち上げて見栄えをよくした画像であるのに対して、情報処理を前提とした素材画像を生成する産業用レンズに求められるのは、なるべく圧縮や誇張のない均質でプレーンなデータですから、出来上がる写真はコントラストが低めでノッペリとした地味な絵作りになります。今回撮影した写真でも、画面全体に光が回った明るい環境下でのカットでは少し平板な印象を受けるものがありますよね。逆に、被写体自体のコントラストが高い場合や光の回りが悪い薄暗い環境下で撮影したカットでは、情報を漏れなく拾い上げようとする産業用レンズの底力が発揮されているのかもしれません。こういった特性をよく理解した上で使用すれば、十分に実用戦力となるレンズたちではないかと私は思うのです。