日東光学 / MEPRO KOMINAR 1:2.8 55mm
メプロゼニットの標準レンズ
先日ご紹介したメプロゼニトンの説明でも少しだけ触れた、メプロゼニットというカメラのために日東光学から供給された標準レンズがこのメプロコミナーになります。1970年頃に、当時のソ連から輸入されて破格の値段で販売されたメプロゼニットでしたが、レンズだけはなぜか国産品が付けられていました。価格や性能面を考えるとソ連製のままでも全く問題はなかったと思うのだけど…(カメラと違いレンズの輸入に制約があったとか?それとも単に描写の信頼性をアピールするため?)。理由はともかく、格安で販売することを前提としたカメラ用のレンズですから、メプロコミナーは極限までコストダウンが図られていました。
M42マウントですが、当時としてもかなり時代錯誤なプリセット絞りで、もちろん露出計には連動しません(そもそもゼニットにその機能が存在しなかったからではありますが)。レンズとして最低限必要なヘリコイドと絞り機構以外の全てを省いたようなプリミティブな構造であり、結果的に非常にコンパクトなサイズに収まっています。日東光学にしてみても薄利多売でとにかく数を売って利益を出す計画だったのでしょうが、肝心のメプロゼニットが思っていたほどには売れなかったようで…。それでもこのレンズの製造番号を見る限りは「No.10xxx~17xxx」の幅があり7,000本程度は生産された可能性が高く、そこまで絶望的に少なかったわけではないのかもしれません(BEROFLEXという外観が瓜二つのレンズが存在するそうですし、よく似たスペックで自動絞りにも対応した廉価版レンズをさまざまなブランド名で見掛けますが、あれらもひょっとしてこのレンズの兄弟なのでしょうか?)。
非常に小柄なレンズです。ピント調整は回転ヘリコイドによる前玉回転式、最短撮影距離は0.8m、絞りはマウント付近のO―Cリングで開閉させるプリセット式で開放~f22まで不等間隔の8枚羽根、フィルター径は49mmとなります。最小限の機能のみで構成されたレンズ、といった印象を受けますね。レンズ構成は不明なものの、3群構成で後群レンズが貼り合わせには見えないことから、おそらくトリプレットタイプではないかと思われます。
他のコミナーレンズと並べてみました。左が105mm(Tele Kominar 105mm f3.5)で、右が35mm(Kominar 35mm f2.8)。絞り環の場所や文字の色などに違いはあるものの、基本的なデザインは踏襲されているように見えます。コミナーはどれもコンパクトですね。
このレンズを入手した時、写真にも見える後群レンズの内側に薄い曇りが発生していたため裏蓋(カニ目穴の開いている金属プレート)を外してみたのですが、なんとレンズの後玉がこの裏蓋に直接埋め込まれる構造になっていたのにはびっくりしました。しかもこの裏蓋は絞り機構を押さえ付けて固定する役目も兼ねていたらしく、鏡胴を傾けたら中の絞り羽根がバラバラと外れ落ちてしまったので更にびっくり(絞り羽根の組み付けは苦手なのに…)。
つまりこの単なる裏蓋1枚に①鏡胴の後カバー②レンズの組み込み土台③絞り機構の固定具という3つもの役割が与えられているわけで、ここまで合理化するのか!と驚かされます。
メプロゼニトンと同じようにベッサフレックスTMに装着してみました。やはり小さいですよね~。なお、フードはペトリの49mm径のものを付けています。こちらも小柄なサイズなのでデザイン的にもよく似合っていてお気に入りの組み合わせです。
遠景描写テスト
五条大橋の上から絞り開放とf5.6で撮ってみました。
絞り開放での遠景撮影。画面全体がフレアに覆われますが、解像度はそれなりにあります。
絞りはf5.6。フレアは完全に消えました。ただし四隅にまだ若干の甘さが残りますね。
メプロコミナーで撮ってみる/カメラ:SONYα7
前回のエクターと同様、このメプロコミナーも開放のフレアが美しいレンズです。撮影する際も絞ることが少ないため、特に注記しない限りは全て「開放」で撮ったものとなります。
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
祇園祭の山鉾巡行を前に、信号機や交通標識を道路脇に収納する作業風景
レンズ構成的にバブルボケが出るかと思いましたが、意外と穏やかな玉ボケです
京都では、こんな凝った木鼻のある町家(商家)も見掛けます。粋ですねぇ
70年代初頭の国産レンズでここまで盛大にフレアが出るというのも、ある意味貴重です
f5.6まで絞ればフレアは消えます。後ボケは少しザワザワしていますね
徹底的なコストダウンが図られたレンズですが、材質を落とすのではなく、構造を極限まで合理化することでそれを実現している点には好感が持てます。樹脂材を多用してボロボロになっている廉価版レンズもありますが、このレンズはメンテナンスさえしっかりしていれば現在でも気持ちよく使うことが出来ますし、逆に構造がシンプルすぎて壊れそうな場所すらありません。描写については、販売された当時こそ酷評されたようですが(70年代にこの性能では致し方ないでしょう)、欠点であるはずのフレアは現在の感覚で見れば面白い効果になりますし、コントラストの低いおっとりとした写りはレトロな光景を撮るのにピッタリです。意図してそうなったのではないにしろ、ちょっと特殊な環境や要求から生み出された究極的に簡素で小粒な標準レンズ。その一風変わった個性を味わうのもまた乙なものです。
織物提供:小岩井紬工房