ソリゴール / SOLIGOR 35mm f:3.5
小さなLマウントレンズ
久々の謎のレンズシリーズ、今回はLマウントのソリゴールです。
そもそもソリゴールというブランド自体にも謎が多く、その初期にはミランダの一眼レフ用に供給されたレンズ群の名称として、また国内の中小光学メーカーの製品を海外に輸出する際の統一ブランド名としても使用されていたようです。おそらくミランダの関連会社がこのソリゴールブランドの管理を行っていたものと思われますが、当時の状況を考えるに、中小のメーカーが個々に海外販路を開拓するよりは、同一ブランド名で輸出して認知度を高めた方が得策、という判断からの協業戦略であったのかもしれません。なお、ミランダカメラが海外資本に買収されて以降はドイツにソリゴールという会社が設立されて、ここから依頼を受けた各メーカーがソリゴールブランド向けの製品をOEM生産する形となったようです。
このレンズはソリゴールブランドでは珍しいライカLマウント仕様。回転ヘリコイドによる繰り出しで最短撮影距離は3.5フィート(約1m)、絞りはf3.5~f16まで不等間隔のクリック付き、羽根は8枚、フィルター径は37.5mm。とても小振りなレンズです。
製造番号は少し特殊で「○○○○K(4桁の数字+K)」という変則的なもの。同レンズをWEB検索してみるとほとんどの個体が「No.10xxK ~ 13xxK」あたりの狭い番号帯に集中しており、生産本数はかなり少なかったのではないかと思われます(500本くらい?)。
末尾の「K」の記号が気になるところですが、一般的にソリゴールレンズの製造番号の頭に付けられたアルファベット記号は製造メーカーを示しているとされており、「K=興和製」である可能性が高いと言われています。ただし、このレンズの場合は製造番号の頭ではなく末尾に記号が付けられており、それとはまた別の意味が与えられていたのかもしれません。
同名の一眼レフカメラ用のソリゴール(Soligor 35mm f3.5 エキザクタマウント)と並べてみました。このレンズも「Y○○○(Y+3桁の数字)」という特殊な製造番号の個体で、その外観から藤田光学製ではないかと考えられます(フジタ66用の広角レンズにそっくりですし、プリセット絞りも藤田製レンズ特有の形をしています)。全く同じスペックでも、レンジファインダー用と一眼レフ用とではこれだけサイズが異なってしまうものなんですね(黎明期のレトロフォーカスレンズがことさら大きいことも考慮するべきでしょうけど)。
レンズ構成についてですが、入手した際にレンズ内部が酷く汚れていたため、仕方なく分解清掃をしたところ、絞りの前後に1群ずつを向かい合わせに配置した2群構成であることが判明しました。前群が3枚、後群が2枚の張り合わせレンズになっており、2群5枚というとても珍しい構成をしているようです。少なくとも35mm判の広角レンズではこのような構成は見たことがなかったため、非常に驚きました。いったい何タイプに分類したらよいのかも分かりません(オルソスティグマットタイプ変形型のように見えなくもないですが)。
では、このLマウント用ソリゴールを製造したのはいったいどこのメーカーなのでしょう?
前述のように製造番号に「K」の記号が見られることから「興和製である」と断言する人もいるようですが、このレンズの場合そんなに単純な話でもないような気がするんですよね。
絞り環の形がタナー(Tanar)レンズと似ているため、田中光学製なのでは?という記述を以前どこかで見た記憶があるので、隣に並べてみました。う~ん、確かに似ているような、それほどでもないような…。ちなみに、絞り環の形状は途中から変更が加えられたようで、製造番号が1200番台前半まではこのレンズのような傾斜型で、1200番台後半からは写真中央のf2のタナーに似たストレート型になったようです。フィルター径も違うかも。
田中光学以外のメーカーの製品でも、これと類似するようなデザインを持ったレンズはないものかといろいろ調べたのですが、どうにもそれらしい共通性を見出すことは出来ません。
ところが、何気なく Wikipedia の「ライカマウントレンズの一覧」を眺めていたところ、「サン光機/上代光学研究所」の項にこのレンズのことが書かれているではありませんか!
レンズの補足説明文によれば「AIC(アリマツ株式会社)からの要請で製造されたSoligor銘Lマウントレンズ」とのこと。AIC(Allied Inpex Corporation)というのはミランダカメラを買収した会社で、アリマツ株式会社というのはAICの日本における交渉窓口だそうです。
Wikipediaの記述を無条件に信用は出来ませんが、他に有力な情報もないため、ひとまずはサン光機製としておきましょうか。ということは、この隣に並べたサン・ソーラとも兄弟、いや、世代を考慮すれば親子くらいの間柄かな(サン・ソーラは1950年前後の製品です)。
サン光機の製品は、カメラ店の中古コーナーなどでズームレンズが安価に並ぶ姿を目にする機会も多いことから、あまり高級品というイメージはありません。しかしその歴史は戦前の上代光学研究所まで溯り、1940年代からライカLマウントレンズを生産した非常に技術力の高いメーカーとして知られたそうです。あるいは製造番号に見られる記号も上代(かじろ)の「K」なのかもしれません。時代的にはサンの「S」になるべきでは?とも思いますが。
※※※ 追記① ※※※
後日、こちらのページで タナー35mm f3.5(W TANAR 35mm f3.5)のレンズ構成を知って驚きました。このレンズとそっくりなのです。外観こそかなり違ってはいるものの、分解写真を見る限りでは内部構造もよく似ているようですし(レンズの組込み方法など)。これを踏まえると、現時点で私は田中光学製が最有力なのではないか?とも思っています。
※※※ 追記② ※※※
レンズ構成についての補足です。前群が3枚、後群が2枚の貼り合わせからなる2群5枚の広角レンズとしては、戦前のカール・ツァイスにヘラー(Herar 3.5cm f3.5)という前例があったようです。つまりこのレンズは「ヘラータイプ」と呼ぶべきなのかもしれませんね。
※※※ 追記③ ※※※
このレンズは初期ミランダ用ソリゴールレンズとその周辺/さまざまな記号編(後編)でも「後Kタイプ」のソリゴールとして取り上げていますので、ご興味があればご覧ください。
※※※追記終※※※
ヘキサーRFに装着してみました。とても小さくコロコロとしたレンズなので、交換時にはうっかり落とさないよう注意です。フードを装着したいのですが、ステップアップリングをねじ込むだけでも四隅がケラレるため、とりあえずは何も付けない状態で撮影しています。レンズが奥まった場所に位置しているから特に問題はないんですけどね。先端付近の外周に溝が切られているということは、フック式の専用フードでも用意されていたのでしょうか?
遠景描写テスト
前述の通り、入手時にレンズ内に酷い汚れがあったため分解清掃をしたものの、残念ながらそれほどクリーンにはすることは出来ず、描写にもかなりの悪影響が出てしまっています。
四条大橋から見た鴨川を絞り開放とf8で
絞り開放。周辺減光が大きい点は前回のオルソスティグマットとよく似ています。周辺部の描写がやや甘いのは、収差の影響かレンズの状態が悪いためなのか分かりません。センサーとの相性もありそうですし…。なお、中心部の解像度は開放からかなり高く感じられます。
f8まで絞ると周辺減光はあまり目立たなくなります。ただ、周辺部の甘さはそれほど改善されません。コントラストの低い描写ですが、この優しい雰囲気は個人的には好みですね。
ソリゴールで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
開放・半逆光での撮影ですが、それなりに写っていると思います。レンズの状態が良ければフレアも出なかったかも。後ボケは多少ザワつくものの、それほど汚いわけでもありません
こういった場面での暗部の潰れない描写には好印象を受けますね
ちなみに写真右奥に見えるのが歴史的にも有名な「方広寺の鐘」
方広寺の境内に瓢箪が植えられていました。秀吉の馬印に因んだものとか
開放で寄っていますが、合焦部分はよく解像しており、前ボケも自然です
ローキー気味に撮影。オルソスティグマットほどの個性は感じられません
コントラストの低いレンズというと、性能が劣っているような印象を受けがちですが
宵祭のようなシーンで使うと雰囲気のある絶妙な写真が撮れたりするので重宝します
それにしても、中央付近の解像感の高い緻密な写りには驚かされます
見たこともないような個性的なレンズ構成をしているため、どんな描写をするのかは非常に興味がありました。残念ながら光学系の状態があまり良好ではなく、どこまでがこのレンズ本来の性能なのかは明言できないのですが、開放から画面中心部で見せる優れた解像力や、粘りのある階調豊かなトーン再現などはこのレンズならでは、といったところでしょうか。
前回のオルソスティグマットとはよく似た印象を受ける部分が多いものの、どこまでも渋いオルソスティグマットに対し、ソリゴールはときどき妙に生っぽい写りをしたりすることもあるので、そのあたりの意外性には驚かされたりもします。なかなか楽しいレンズですね。
織物提供:小岩井紬工房