東京光学 / Topcor 1:2.8 f=3.5cm
特徴ある鏡胴デザイン
東京光学が1955年に発売したレンズです。Lマウントのトプコールといえば、レオタックス(Leotax)用に供給された多様な標準レンズで有名ですが、それ以外の焦点距離となるとこの3.5cmの他は9cm(Topcor 9cm f3.5)と13.5cm(Topcor 13.5cm f3.5)のみであり、しかもいずれの生産本数もそれほど多くはなかったらしく、現在では見かける機会の少ない稀少玉となってしまっています。標準レンズが付いたレオタックスカメラの販売量に比べ、交換レンズの生産量が非常に少ないというのはなんとも不思議な話ではあるものの、やはり当時の光学製品は非常に高価でしたから、なかなか広角レンズや望遠レンズまで揃えられる人がいなかったこと、また汎用性の高いLマウントを採用したカメラであったため、他メーカーの製品を購入してしまう人が多かったというのもその理由なのかもしれません。
表面に光沢感のある仕上げが施された鏡胴で、ピントリングの前面がギュッと締まり、その先の絞り環で再び径が広がるという少し独特なデザインをしています。直進式のヘリコイドで最短撮影距離は3.5フィート(約1m)、絞りはf2.8~f22まで等間隔のクリック付き、羽根は9枚です。外観デザインに特にバリエーションはなかったように思われますが、銘板の表記に若干の変更があったようで、単に<Tokyo kogaku>と書かれた前期型タイプと<Tokyo kogaku Japan>と書かれた後期型タイプとがあり、この変更とは無関係にフォントが微妙に異なった個体も少量ながら見受けられます。距離環はフィート表記のものしか見たことがなく、メートル表記の個体が存在するのかは不明。製造番号は「No.28xxx~29xxx」あたりの間に集中しているようなので生産本数は2,000本前後といったところでしょうか。
ピントリングと絞り環が二段構えになった面白いデザインです。各リングの独立性が高く、ピントレバーも用意されているので操作性は悪くありません。レンズ先端には銘板の外周に34mm径のネジ、また絞り環の内側にも40.5mm径のネジが二重に切られています。
側面から見ると各リングごとに質感が異なっており、被写界深度目盛りのあるマウント部は標準的なクロームメッキで、距離環の外周面は梨地仕上げ、そしてピントリングの前面部と絞り環には光沢感の強い処理(アルマイト仕上げ?)が施されています。使用された素材の関係なのでしょうけど、シルバー鏡胴でこれだけ質感が不統一なレンズも珍しいですよね。
レンズ構成は4群6枚のダブルガウスタイプ。後玉を前玉より大きくすることで周辺光量の確保を狙うという、この当時によく見られた設計です。なお、このレンズはマミヤワイドE(MAMIYA-35 WIDE-E/1957年)というカメラ向けに供給されていたりもするのですが(その際のレンズ名はTopcor-M 3.5cm f2.8。末尾の「M」はマミヤ用を意味しているのかな?)、残念ながらこちらもかなりの希少モデルで市場では滅多にお目に掛かれません。
前述の通り、このレンズの先端部には内側に34mm径、
外側に40.5mm径のフィルター枠が用意されています。
それぞれのフィルター枠にフードを装着してみたところ。左が内側の34mm径枠の使用例で、右が外側の40.5mm径枠の使用例。どちらにも一長一短はあるものの、フィルターなどを併用する場合には外側にフード、内側にフィルターと使い分けられるので便利です。ただし、外側はフードが絞り環といっしょに回転してしまう構造なので、使用中に無意識に絞り値がずれてしまうことがあって注意が必要。逆に、内側へフードを装着すれば絞り環の動作の影響を受けることはありません(内側の34mm径フィルター枠の方が少しだけ前に突出しており、装着したフードと外周の絞り環とが干渉しないように工夫されています)。
このようにフィルター枠を二重に設けたレンズとしては同時期のトプコール5cm f3.5(Topcor 5cm f3.5/固定鏡胴前期型)や、ニコンSマウントの外絞り型の広角レンズなどに僅かながら類例がありますが、結局はそれほど普及することなく終わった方式のようです。
ニッカⅢs(ブラック仕様/後塗り)と組み合わせてみました。これだけピカピカした独特な外観のレンズだと、似合うカメラを探すのもなかなかに大変。ちなみにフードはコムラー(W-Komura 35mm f3.5)用の34mm径のものを内側のフィルター枠に装着しています。
本来ならばトプコール銘の純正フードと、そのあまりにも巨大なサイズで有名な等倍の専用ビューファインダーである「トプコ・ブリリアントファインダー」をセットにすべきところなのでしょうけど、どちらもレンズ以上の希少品で(特にフードが出てきません)、値段も高価なため入手は諦めて代用品で我慢をしてます。実用的には全く問題がありませんしね。
描写テスト
1:遠景を絞り開放とf8で
絞り開放。画面周辺部には減光と結像の甘さが見られますが、中心部の解像力はそれなりにあると思います。コントラストはあまり高くないのだけど、色乗りはかなり良い方ですね。
絞りはf8。周辺部の減光や結像の甘さもほとんど気にならなくなり、全体的によく整った描写となります。絞っても硬くはならずに、柔らかなトーンと少し濃いめの発色が魅力的。
2:中景を絞り開放とf5.6で
絞り開放。周辺減光は遠景の時ほどは気になりません。妖しげな雰囲気が漂うトーン描写はヘリゴン(Heligon 35mm f2.8)にも似ているでしょうか。後ボケはザワザワの一歩手前。
絞りはf5.6。解像感も上がって全体的に整います。やはり柔らかな印象の写りですね。
3:近景を絞り開放とf5.6で
絞り開放。中心部の解像度は意外と高く、後ボケには若干のグルグルが見られるようです。
絞りはf5.6。ボケも安定して穏やかな描写に。カリカリしないのが個人的に好みです。
トプコールで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
画面中心部に白っぽく見えるのはフレアではなく焚き火の煙です
f5.6だと、こういった条件ではまだ少しだけ周辺減光が気になります
派手さはないのだけど、発色に自然な鮮やかさがあって画面が映えます
押しの強い独特な外観デザインとは裏腹に、その描写からは非常に落ち着きのある穏やかで優しい印象を受けます。絞り込んでもカリカリにならず、暗部の潰れない柔らかで大らかなトーン再現もまた素晴らしいのですが、なによりも好ましいのは誇張を感じさせない自然な色乗りの良さではないでしょうか。発色の良いレンズというと、平板でベタッとした写りになる場合も多いのだけれど、このトプコールは階調性に優れているおかげか、ツルンとした小気味のよい鮮やかさでもって画面に華を添えてくれるのだから素敵です。少し軽薄そうな見た目はしているものの、温厚で味わい豊かな描写をする実に懐の深いレンズなんですよ。
織物提供:小岩井紬工房