伝説の国産ハイスピードレンズ / フジノン FUJINON 5cm f1.2

富士写真フイルム / FUJINON 1:1.2 f=5cm

 

国産クラシックレンズのレジェンド

1954年の発売。ズノー(ZUNOW 5cm f1.1)やヘキサノン(HEXANON 60mm f1.2)と共に当時の国産超大口径レンズ開発競争の先頭集団を駆け抜けた、伝説的な存在のレンズです。

性能面での評価は高かったと聞きますが、数はそれほど出なかったらしく(レンズメーカーとしての富士の知名度やブランド力がまだ低かったこと、そのレンズを使えるカメラボディを自社で供給していなかったことが理由とも言われます)、現在ではその希少性から非常に高価なコレクターズアイテムとなってしまいました(美品だと50万円以上にもなります)。

レンズ構成:4群8枚
FUJINON 5cm f1.2

レンズ構成は4群8枚。前群は典型的なゾナータイプ、後群はゾナータイプの後ろにレンズを1枚足したようにも、ガウスタイプの3群目にメニスカスレンズを張り合わせたようにも見えます。試作段階では後群をガウスタイプにした個体も存在したようなので、そういった要素が取り入れられたのかもしれませんね。実際、東京光学のシムラー(Simlar 5cm f1.5)には前群がゾナータイプ、後群にガウスタイプというレンズ構成が採用されてもいますし、当時は各社が同じような着眼点からレンズの大口径化への試行錯誤をしていたのでしょう。

 

アイモマウント!?

ライカLマウント用とニコンSマウント用の二種類が存在しますが(コンタックスマウントもあると聞きます)、私の所有する個体はそのどちらでもありません。35mmの映画撮影機である「アイモ(Eyemo)」というカメラ用のマウントに改造されてしまっているのです。

改造されたレンズ
アイモマウントに改造されたレンズ

写真をご覧のように、オリジナルのヘリコイドから取り外したレンズヘッドに、アルミ材を削り出して作られたと思われる別のヘリコイド付きマウントが装着されています。形状的にニコンSマウント用個体からの改造品ではないかと思ったのですが、製造番号を見てみると「No.500xxx」なので、どうやらライカLマウント用がドナーであったようです(ちなみに「No.260xxx」がニコンSマウント、「No.500xxx」がライカLマウント用となります)。

※※※ 追記 ※※※

コンタックスマウント用個体の所有者様からコメントを頂きました。その方の情報によるとコンタックスマウント用個体の製造番号はライカLマウント用と同じ「No.500xxx」なのだそうで、必ずしも「No.500xxx」がライカLマウント用のみを示すわけではないようです。情報提供に感謝申し上げるとともに、この追記をもって本文の訂正とさせていただきます。

※※※追記終※※※

アイモが映画撮影機として使われた時代は昭和30年代の末頃までだったということなので、発売されてから間もない時期に改造が施されたのかもしれません。手作り感はありますが、各部の作り込みは丁寧で、ヘリコイドは現在でも滑らかに回転します。職人さんの手による「ワンオフ品」なのでしょう。かなり酷使された跡が見られることから、大手映画制作会社などで実際に作品撮影に使用されていたものと思われ、もしかするとこのレンズで撮られた名画もあるのかもしれない…などと想像してみると、なかなか感慨深いものがありますね。

ただ、このような得体の知れない改造レンズはコレクターの興味対象とならなかったのか、入手時の値段はそれはもう破格で、相場の1/10程度しかしませんでした。「シネレンズ」と紹介されていたために、このレンズの正体に気付かなかった人も多いのかもしれません。

分解したヘリコイド
分解したヘリコイド

マウント部分は上のように分解できます。シンプルな回転ヘリコイド構造で、近接側に回しすぎるとレンズが外れてしまいますから要注意。そのかわりギリギリの状態まで繰り出せば被写体から30cmほどの距離まで寄れたりもします(そんな使い方は絶対しませんけど)。

さて、安価に入手したのは良かったのですが、このレンズを実用化するアイデアがなかなか思い浮かびません。当時はフィルム用のライカをメイン機として使用していたこともあり、マウント変換はともかく、距離計に連動させるとなると素人の私では完全にお手上げ状態。

どうにも出来ないまま数年間ほど放置していたのですが、ミラーレス一眼カメラを購入したことで状況は変わりました。なんとかボディにマウントして、無限遠を出しさえすれば撮影することが可能になったのです。でも、アイモ用のマウントアダプターなんて市場には存在しませんし、個人で製作販売されている方はいらっしゃるのですが、そもそも改造品であるこのレンズが装着出来るかどうかすら分かりません。仕方なく自分で工夫してみることに。

 

マウントの改造方法

アイモマウントのEマウント改造は上図のように行いました。まずステップダウンリングをレンズ後部に嵌め込んで、2本のOリングで圧迫固定(側面の溝に入れた1本を足場としてもう1本で固定)。このステップダウンリングをベースとして改造用のパーツ類を組み上げました。いろいろと試した結果、最終的に図の右下のような構成で無限遠を出しています。

Oリングというのはシーリングに使われる太くて丈夫なゴム製のリングです。ベースとなるステップダウンリングの固定方法に悩んでいた時に、ふとこの素材の利用を思い付きました(接着剤で貼り付ける手段もありますけど、そういった加工にはどうも抵抗を感じます)。

「柔よく剛を制す」とは言いますが、ゴムのリングでレンズを固定するなんてことが本当に可能なのか、最初は自分自身でも半信半疑。ただ、太いゴムリングが持つ収縮力というのは馬鹿に出来ないもので、実際に組み上げてみたところ、多少手荒に扱ってもビクともしないほど頑丈に仕上がってしまい、こちらが逆に驚かされました。まさに発想の勝利でしたね。

使用例
使用例

これが組み上がった姿です。回転ヘリコイドになるため若干の使い難さはあるものの、この貴重なレンズで撮影が出来るだけでもありがたいことなのですから、文句は言いっこなし。

写真の右手前にあるのはフィルター取り付け用リングです。本来ならもう一つ薄いリングがセットになっているはずなのですが、そちらは残念ながら付属していませんでした。なお、フードはフォクトレンダーのノクトン(Nokton 50mm f1.1)用を使っています。スペックがよく似たレンズのために作られているからか、デザイン的な違和感はほとんど感じません。

 

「ハレの日」を撮る/カメラ:SONYα7

このレンズはお祭などが行われる特別な日、いわゆる「ハレの日」に使う機会が多いので、今回はそういった写真でまとめてみました。ただし、使用する時間帯が基本的に夕方以降となるため、全体的に暗い写真ばかりになることはご容赦下さい。絞りは全て「開放」です。

※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。

東大寺修二会

合焦部分の拡大画像東大寺の修二会、いわゆる「お水取り」です。この写真の見どころは火の粉に掛かったコマフレアでしょうか。レンズ性能的には欠点でしかないのですが、小さな火の粉の一つ一つに掛かることで不思議な存在感を与えており、表現的には必ずしも欠点とは言い切れません。

 

鴨川納涼

合焦部分の拡大画像京都の夏の風物詩の一つ、「鴨川納涼」。川沿いに七夕の笹が並べられ、日が暮れて灯りが入る時間になると風情が増します(最近は人出が多くなりすぎて「納涼」とは呼び難い状況ですが…)。それにしてもなんとも幻想的な描写ですよね。トロンとした甘さが良いです。

 

祇園祭①

合焦部分の拡大画像祇園祭前祭の宵山です。光に包み込まれるようなフレアが画面全体を覆い、優しい雰囲気となります。どちらかというと後ボケより前ボケの方が柔らかくて美しいレンズでしょうか。

 

祇園祭②

合焦部分の拡大画像こちらは祇園祭後祭の宵山になります。このレンズの描写を「昔の日本映画のような写り」と表現する人がいますが、それも理解できるような気がします。まあ、このレンズが実際に映画撮影機用に改造されていたことを考えると、全く関係がないわけでもなさそうですが。

 

祇園祭③

合焦部分の拡大画像同じく祇園祭後祭の宵山。これはもう絵画の世界ですね。もちろん撮影したままの状態で、画像加工などはしていません(私は基本的にサイズ変更以外の画像編集は行わないので)。

 

伏見稲荷本宮祭①

合焦部分の拡大画像伏見稲荷の本宮祭。コントラストが低いため、暗部の描写が潰れないのはありがたいです。

 

伏見稲荷本宮祭②

合焦部分の拡大画像同じく伏見稲荷の本宮祭。5年ほど前までは祭の夜でもお山の上は人が少なくて静かなものでしたが、ここ数年で状況は一変。こんな人気のない写真を撮ることも難しくなりました。

 

下鴨神社御手洗祭①

合焦部分の拡大画像下鴨神社の御手洗祭です。柔らかい光で包み込むようなフレアがこのレンズの特徴ですね。

 

下鴨神社御手洗祭②

合焦部分の拡大画像同じく下鴨神社の御手洗祭。後ボケにクセはありますが、時には面白い効果になることも。

 

六道まいり

合焦部分の拡大画像六道珍皇寺の「六道まいり」。ここでも柔らかい光とトロ~ンとした甘い描写は同じです。

 

全て絞り開放&暗い場所で撮られた写真ですので、描写の参考になるかは分かりませんが、このレンズ特有の柔らかさ、フレアの傾向、ボケの性質などはそれなりに出ているかと思います。60年以上も前の、しかも当時の設計技術の限界に挑戦したレンズですから、欠点を探せばいくらでも指摘することは出来ます。しかし、このレンズで見るべき点はそういった短所ではなく、むしろその現代の目からはマイナスにしか映らない部分が生み出す不思議な個性なのでしょうね。数値的には「優秀」でなくても、「魅力」は確実にあるのですから。

このレンズで撮影した写真を追加で公開しました。よろしければこちらへどうぞ。
レジェンド、再び! / フジノン FUJINON 5cm f1.2(前編)
レジェンド、再び! / フジノン FUJINON 5cm f1.2(後編)

国産レンズ

織物提供:小岩井紬工房

2件のコメント

  1. I have a Contax version of this lens that begins with*500___* So I think your comment about them all being LTM is not right. I really enjoyed reading this article though. Thank you very much.

    1. Dear David

      Thank you for your comment.
      Due to the small number of Contax version, I was not able to to check the serial number…
      That part of the article has been corrected. Thank you for providing new information!

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