富士写真フイルム / FUJINON 1:2 f=3.5cm
当時の世界最高速
1954年にFUJINON 5cm f1.2と共に発売されたライカLマウント用の広角レンズです。現在では珍しくも何ともない35mmでf2というスペックですが、発売された時点では世界で最も明るい広角レンズとして話題になったそうです。この後50mmの標準レンズと同様に国内で激しい大口径化競争が展開されることとなり、日本光学(W-NIKKOR 3.5cm f1.8)、ズノー光学(ZUNOW 3.5cm f1.7)、キヤノン(CANON LENS 35mm f1.8/35mm f1.5)が次々と名レンズを生み出していきますが、その契機となったのがこのフジノンなんですね。
光学技術大国であった当時のドイツですら、35mmレンズの開放値はツァイスがf2.8(Biogon 35mm f2.8)、ライツがf3.5(Summaron 3.5cm f3.5)が最速であったことを考えると、f2という値がいかに画期的だったか理解できるでしょう。ライツがズミクロン(SUMMICRON 35mm f2/いわゆる8枚玉)を発売するのは4年後の1958年になります。
美しい外観
個人的に、国産のLマウント用としては最も形が美しいレンズではないかと思っています。ドイツレンズに見られるような優美な装飾性こそないものの、最低限の機能を小さな鏡胴に簡潔にまとめ上げた、いかにも日本的と言えるシンプルな造形美が感じられて良いですね。
本来なら、その美しさを更に際立たせる専用フードをセットにするべきところなのですが、残念ながら未だ入手が出来ません。フードのデザインも本当に素晴らしいんですけどね~。
絞りは不等間隔でf2~f16までのクリック付き、羽根は10枚。距離環はフィート表記で(メートル表記の個体は見たことがありません。存在するかは不明です)最短撮影距離はLマウントレンズのため3.5フィート(約1m)まで。フィルター径は40.5mmです。
製造番号は「No.200xxx~2015xx」あたりの間で見られますので、生産本数は1,500本強、といったところでしょうか。デザインのバリエーションなどは特にないように思われます。
レンズ構成は5群7枚、ダブルガウスタイプの後ろにもう1枚を足した形です。この構成は明るい標準レンズなどにはよく見られますが、35mmではかなり珍しいように思います。第2群と第3群の間にレンズを加えたり、貼り合わせを増やす場合の方が多いでしょうか。
フジノンが発売された2年後に登場して、当時の世界最高の明るさを更新したニッコールを隣に並べてみました。どちらもその称号に似合わないくらいの小さなサイズに収まっているのが驚きです。最近の大口径レンズは「高性能=巨大」があたかも当然のことのように認識されているようですが、その高度に発達したレンズ設計技術をぜひ「高性能&コンパクト」の方向へも活用してもらいたいものです。大きく重く、数値性能もさほど変わらないようなレンズばかりを作るより、そちらの方がよほど差別化が図れるように思うのですけれど…。
「フルサイズのレンズは大きくて重い」なんて声を聞くたび、このフジノンやニッコールを知っている身としては「いや、必ずしもそういうわけでは…」と言いたくなりますもので。
ライカⅡfに装着してみました。前述のように純正フードを所有していないので、形が似ているフォクトレンダー製のフード(デッケルマウントのSKOPAREX 35mm f3.4用)で代用しています。なかなか様になりますね。このレンズは先端部分がやや深めの構造ですから、ネジ込み式のフィルターやフードを使うとケラレが出やすいため、若干の注意が必要です。
遠景描写テスト
上田城の捨堀跡から望む烏帽子岳を絞り開放とf8で
絞り開放での撮影。画面中心部の解像度はそれなりに高いものの、周辺部ではやや甘くなり(意外と解像はしています)、四隅部分の減光もかなり盛大。ただし、これはセンサーとの相性もありそうで、最新の機種ではかなり改善されているそうですが、α7で対称光学系の広角レンズを使うとこういった結果になりやすいため、あくまでも参考としてご覧下さい。
絞りはf8。画面周辺まで均質になり、周辺減光も気にならなくなります。コントラストがそれほど上がらないためか、硬調とはならずに、むしろ柔らかくて優しい印象を受けます。
正月の上田をフジノンで撮る/カメラ:SONYα7
先日帰省した時に撮影した上田の正月風景です。
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます。
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい。
初詣に生島足島神社へ。コントラストは低いですが、色乗りは良いと思います
絞ると落ち着いた描写に。湿度が高いというか、しっとりした写りですね
開放での後ボケはややグルグルします。それほど酷くはないですけど
このように画面周辺部がフレアで甘くはなりますが、しっかりと解像はしています
なお、写真の左側に見えるのは1963年に廃線となった旧西丸子線のホームと待合室
右奥に小さく見えるのは日本初のステンレス外装車両として有名な東急5200系電車
中央は現役の『まるまどりーむ号』です
絞れば後ボケも自然です。遠景よりは近景の方が無理のない写りでしょうか
別所線の中塩田駅。立派な駅舎です。別所温泉駅とほぼ同形で、意匠もそっくり
かつては2面2線のホームを持つ交換可能駅でしたが、現在は1面1線の無人駅
懐かしい木製の改札。本来の役割は終えましたが、残されているだけでも嬉しいものです
ここは八木沢駅。私が最も好きな駅です。そのロケーションと簡素な佇まいの駅舎が魅力
フジノンの柔らかく優しい開放描写が雰囲気を伝えてくれていて、ホッと落ち着きますね
待合室から別所温泉方向を見ています。以前は隣に小さなトイレの建物もあったのですが、撤去されてしまったようです。使われていないとはいえ、あれも絵になったんだけどなぁ…
待合室の入口。雰囲気や空気感を捉えるのが得意なレンズのように思います
別所温泉駅構内で静態保存のモハ5252。乗降ドアの窓に横桟があるのが5252の特徴
中塩田駅、八木沢駅、別所温泉駅の駅舎、そしてこの丸窓電車は別所線の誇る文化遺産です
なんとも甘い描写ですが、周辺までそれなりに解像はしており絵的な破綻は感じません
北向観音の手水は温泉です。冬場はありがたい!開放なので後ボケは少しグルグルします
別所温泉駅。昔から全く変わらない光景です。理想的な終着駅の姿の一つではないかと
面白い写りです。周辺部の甘さとコントラストの低さによって不思議な雰囲気となりました
私が別所線で一番好きな踏切。奥に見える2本の柿の木がまた味があって良いのです
この区間はまるで併用軌道のようにも見えます。かつて軌道線だった頃の名残りでしょうか
八木沢駅まで戻って来ました。空はもう夕焼け色。それにしても本当に絵になる駅ですよね
音楽PVや写真集のロケに使われることも多いとか(こちらの方が一覧にまとめています)
『真田丸』の大河ドラマ館を見に上田城へ。前日に入場者が100万人を突破したそうです
写真は西櫓。冬の青空に堂々と映えます(左側には半月も!)。その質感描写が素晴らしい
最近行われた調査によって、この西櫓が17世紀前半の建築だということがほぼ確実となり国の重要文化財に登録される可能性も高いとか。以前も書きましたが、私は高校生の頃からこの櫓の評価が低すぎるとずっと言い続けてきましたので、その願いがようやく叶うのかな
上田城の西側には芳泉寺まで続く遊歩道が整備されています。ただ、これだけ大河ドラマで賑わった現在でも、ここまで足を運ぶ観光客はほとんどいないようで、それがちょっと残念
遊歩道の途中には、このような武家屋敷なども残っています。お城から歩いても10分程度なので、小松姫のお墓や仙石氏の霊廟のある芳泉寺に向かう際にはおすすめのコースですよ
上田城の北西、矢出沢川の流れが直角に折れる場所、高橋。絵になる風景ではありますが、なかなか絵になる写真は撮れません。今回も光線の状態は良かったのだけど、その出来は…
絞った時のフジノンは、木や岩などの自然物の質感描写に優れているような印象を受けます
発売当時には世界最高の明るさを誇った35mmレンズです。ただ、外観からはあまりそういったスペックを誇示するような大仰なイメージや、メーカーの気負いのようなものは感じられません。むしろ数字には表れない部分、つまりはその性能に恥じない高級感や上品さを兼ね備えるようデザインや素材、加工精度やメッキの質にまでこだわった、工芸品・宝飾品のような印象すら受けます。こういった奥ゆかしさは同時代の国産高級レンズでもなかなか見られないため貴重です。小さくて飾らないのに、その存在感では他を圧倒するという…。
もちろん性能的に見れば決して完璧とは言えません。当時の技術の限界を破ったレンズなのですから無理だってしています。絞り開放だと画面の中心部以外は甘いですし、周辺光量の低下も盛大。でも、そこから生み出されるなんともいえない柔らかくて優しい描写には抗い難い魅力があり、絞り込んだ時の独特な質感描写も個性的。やはり良いレンズなんですよ。
織物提供:小岩井紬工房