三協光機 / KOMURA f=85mm 1:1.4
大口径コムラー
三協光機が1960年代の初めに発売した大口径の中望遠レンズです。当時、本格的に到来しつつあった一眼レフ時代を見据えて、レンズ専業メーカーの実力を誇示しようという狙いでもあったのか、ほぼ同時期に 100mm f1.8 / 105mm f2 / 135mm f2 / 135mm f2.3 といった明るいコムラーレンズ群が矢継ぎ早に発売されています。それらの中でも特に目を引く存在だったのが今回の85mm f1.4と言えるでしょう。同じコムラーの 80mm f1.8 の時にも触れましたが、この時代の80~90mmクラスの中望遠レンズには現在ほどの需要がなく、まして大口径となるとまだ大手カメラメーカーでさえどこも製品化していませんでした。そもそも 85mm f1.4 というスペック自体が国産レンズで初とされており(レンジファインダーカメラ時代の日本光学とキヤノンに 85mm f1.5 というレンズはありましたが)、また海外メーカーを含めても最初期の製品の一つになるかと思われます。まあ、f1.4 という開放値そのものがニッコール(Nikkor-S.C 5cm f1.4)登場以前は一般的でなかったのも大きいでしょうけど。
そういった意味でこのレンズは当時の三協光機の意気込みと熱気がひしひしと伝わる野心作であり、結果的にはその早すぎた登場ゆえに成功できずに終わった不遇の存在でもあります(皮肉なことに今ではその生産本数の少なさによる希少性から高額な値が付くという…)。
外観はこの時代のプリセット式のコムラーレンズに共通するもので、操作性・視認性ともに良好な使いやすいデザインです。ただ、大口径なだけあって鏡胴はかなり太く感じますね。
フィルター径は67mmで、絞りはf1.4~f16まで不等間隔のクリック付き、羽根は16枚、直進式のヘリコイドで最短撮影距離は1m。ズッシリとした重みのある鏡胴です。
この個体はミノルタSRの固定マウント。同レンズにはマウント部分が交換可能なタイプも存在し、固定マウント型が前期型、交換可能型が後期型とタイプ分けされているようです。
コムラーの明るい中望遠レンズ3本を並べてみました。やはり中央の85mmの存在感が群を抜きますね。今も昔も 85mm f1.4 には大口径レンズの王者としての風格が漂うみたいです。
レンズ構成は変形ダブルガウスタイプ。大口径コムラーはその多くにエルノスタータイプが採用されていることでも知られますが、このレンズはその中でも例外的な存在と言えます。
本来であればストレート形状のオリジナルフードをセットすべきところですが、残念ながら所有していないためKONICA製のフード(67mm径)で代用しています。デザイン的にも違和感がなく、また内側には植毛もされているため遮光効果は十分ではないかと思います。
描写テスト
1:遠景を絞り開放とf8で
絞り開放。全体的にフレアっぽいものの、周辺部まで意外と解像しています。画面の右端が甘いのは、片ボケというよりは光量オーバーで盛大に発生した滲みが原因かと思われます。
絞りはf8。画面全体でよく解像しています。開放で少しだけ気になる周辺減光もここまで絞れば問題なし。コントラストは低めで発色もやや黄味を帯びたくすんだ色調となります。
2:中景を絞り開放とf2.8で
絞り開放。後ボケにクセが出やすいレンズなんですが、これくらいの距離だとあまり目立ちません。フワフワというよりは、おっとりとした柔らかさを感じさせる写りだと思います。
絞りはf2.8。少し絞るだけで画面が締まり、バランスの良い落ち着いた描写になります。
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3:近景を絞り開放とf4で
絞り開放。明るい被写体だと大量の滲みが発生して、ピントを合わせるのがとにかく大変。また、近距離では後ボケにグルグル気味のやや強めのクセが出ます(写真はその典型例)。
絞りはf4。ここまで絞ると後ボケのクセも見られなくなり、落ち着きのある端正描写に。
厄介な色収差
ここまでご紹介した範囲なら「滲みやフレアが多めでボケがグルグル気味のレンズ」という古い大口径レンズにはそこそこありがちな個性と言うこともできるかと思うのですが、このレンズにはもう一つ困った点がありまして、それが合焦部付近に出現する色収差なんです。
まずはこちらの写真、画面奥の街灯の光源部周辺に強烈なパープルフリンジが発生しているのがお分かりかと思います。ここまではっきり目立つ例は珍しいものの、ピントを合わせた場所の近くに極端な明暗差があると出てしまうことが多いですね。ただ、合焦面自体に発生することは少なく、そこから僅かに外れた前ボケ・後ボケ部分に出やすい印象があります。この写真の街灯も合焦面(一番奥の建物)より手前側にあって、少し前ボケした状態です。
次にピントを手前に合わせて街灯の光源部を大きくボカした場合。画面内に極端な明暗差があったとしても、これくらい大きいボケにしてしまえばフリンジは気にならなくなります。
おそらくこのレンズは軸上色収差の補正が十分ではなく、合焦部の前後に色ズレが発生してしまうのでしょう。対処法としては、なるべく明暗差の小さい被写体を選ぶこと、合焦部の前後にコントラストが高いものを置かないようにすること、そしてそれがどうしても無理な場合は絞って撮るのが一番の回避策かと思います(軸上色収差は絞れば改善されるので)。
まあ、このタイプの色収差は現像ソフトで割と簡単に除去が可能なため、そこまで気にする必要はないのかもしれませんが…(私がJPEG撮って出し派だから困っているだけ?)。
コムラーで撮ってみる/カメラ:SONYα7
※写真をクリックすると、より大きな画像(1920x1280)が表示されます
※画像右下のルーペマークをクリックすると、合焦部分の拡大画像が表示されます
※撮影時の設定、データの処理等についてはこちらをご参照下さい
発色は控えめ。グレイッシュというか、ややくすんだ色調になります
細い枝のあたりにはどうしても色収差が出てしまいますね
なんだか後ろの玉ボケが面白いことに。まるで印象派の絵画みたいです
少し絞れば、落ち着きのある端正な描写に
前ボケには特にクセは感じられません
強い光源があると画面がハレっぽくなりますが、それはそれで雰囲気があって良いです
京都はお神輿の出る祭が本当に多いんです。春日神社はその中でも特に盛大
建て替えられる前の嵐電の北野白梅町駅。この趣のある駅舎が好きでした
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絞り開放時のピント合わせと色収差の扱いに少し手を焼くレンズですが、それ以外に大暴れするような部分は特になく、また渋めの発色や独特なクセのあるボケ味も考え方によっては面白い画面効果だと捉えることもできるでしょう。商業的には失敗だったのかもしれませんが、このコムラーは85mm f1.4というスペックを国内でいち早く実現させた野心的な挑戦者として、その名に恥じない存在感と描写力を兼ね備えたレンズではないかと私は考えます。
生産本数が少ないために、なかなかお目に掛かれないのがなんとも残念ではありますが…。